アンドレア・アニエッリ会長を筆頭に、パベル・ネドベド副会長、マウリツィオ・アリーバベーネCEOら、取締役会を構成する全役員が突如として総辞職するというショッキングな出来事が起こったのは、イタリア現地時間で11月28日夜のこと。それから1カ月あまりが過ぎた今も、ユベントスをめぐる状況は深い霧に包まれている。
発端は三者からの告発
首脳陣総辞職に際してユベントスがその理由として挙げたのは、昨シーズン(2021-22)を対象とする2022年6月期決算報告の内容について、上場企業の財務監督機関であるイタリア国家証券委員会(CONSOB)をはじめ、かねてから不正会計の疑いで捜査を進めていたイタリア財務警察、そしてクラブの会計監査を担当している大手監査法人デロイトという三者から、その適法性について問題を指摘されたことだった。
アニエッリ会長以下の経営陣は当初、指摘の内容には疑問があると反論しながら、それを考慮した内容で決算報告を見直すとして、決算承認のために開かれる定例株主総会を11月から12月に延期して修正作業を進めていた。しかし、CONSOBや財務警察の捜査の内容は、単に直近の決算における会計処理に留まるものではなく、複数の年度にわたるより大きな会計操作に関わるものであるということが、徐々に明らかになってくる。
具体的に問題視されているのは主に、①コロナ禍下の2シーズン(19-20と20-21)に選手と合意の上で行った給与の一部カットに関わる会計処理、②過去数年の移籍オペレーションをめぐる不正操作(ピャニッチとアルトゥールの交換に代表される移籍金水増し計上など)という2点。後者については、昨年春にイタリアサッカー連盟(FIGC)の審査部門が、セリエAの他クラブも含めて移籍をめぐる不正があったかどうかの調査を立件したのだが、これは「サッカー選手の適正価格を客観的に決めることは不可能」という理由により、判断を行わないまま終了という結果になっていた。
しかし、FIGCという「身内」は許容しても、より厳しい基準を持つ財務警察やCONSOBが納得するとは限らない。今回あらためて、直近シーズン(21-22)の決算が槍玉に上がって、問題が「鎮火」するよりも「延焼」する可能性の方が大きいという状況になったところで、全経営陣の引責辞任が避けられなくなった、と解釈すべきだろう。実際、上で指摘された2つの問題の背景には、アニエッリ体制下における近年のユベントス経営が破綻寸前まできていたという実情がある。それはここ数年の決算内容を見るだけでも明らかだ。
2011-12からセリエAの連覇を続け、ヨーロッパの舞台でも2度のCL決勝進出(14-15、16-17)を果たした2010年代半ばまでのユベントスは、財政的にも収支の均衡を基本とする堅実路線を取っており、決算も小幅な黒字あるいは赤字に留まっていた。ところが、ロナウドを獲得した18-19(19年6月期決算)に3990万ユーロの赤字を計上すると、19-20は8970万ユーロ、20-21は2億990万ユーロと損失額が大きく膨れ上がる。そして直近の21-22はイタリアサッカー史上過去に例がない2億5430万ユーロという巨額の赤字を計上するに至っている。
この事実を踏まえれば、今回の首脳陣総辞職は、不正会計疑惑の引責という側面以上に、直近3年間で5億ユーロを超える巨額の損失(コロナ禍があったとはいえ)をもたらした近年の経営オペレーション、具体的にはロナウド獲得を契機とするハイリスク・ハイリターン志向の積極路線が大失敗に終わった責任を問われた結果という側面が強いと見ることもできる。
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片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。