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【対談後編】加藤遼也×河内一馬:子どものサッカーのために親が借入をする。その実態が意味するもの

2022.10.14

サッカーエリート育成熱が加熱の一途をたどる、日本サッカー育成年代。その育成ピラミッドで目を向けられることが少ない、「サッカーをしたくてもできない子どもたち」。多くの場合は経済的・社会的な理由から、サッカーを続けることが難しい状況下にいる彼らに対して、サッカーをする環境を提供するという支援活動を行うlove.fútbol Japanの加藤遼也代表と、同団体の理事を務める河内一馬氏(鎌倉インターナショナルFC 監督 兼 CBO)に、対談してもらった。

後編では、love.fútbol Japanが支援を受け当事者に行ったアンケートの結果から見えた問題の実情と具体的に行ってきた支援の内容、そして今後への解決策を議論する。

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「優秀選手賞を獲ったら僕はサッカーを辞めていい」


――love.fútbol Japanでは、サッカーをしたくてもできない子どもたちに、具体的にどのような支援活動を行っているのでしょうか?

加藤「サッカーをしたくてもできない子どもたちへの支援が行われなかった背景には、課題の内容もニーズもわからない、何をすればいいかわからないという状況が続いてきたということがありました。私たちはまず、日本の中でサッカーをしたくてもできない子どもたちに関係する課題やニーズを可視化し、共有することによって、様々なレベルでの活動を広めていきたいと考えました。そこで、『子どもサッカー新学期応援事業』というプログラムを立ち上げました」


――「子どもサッカー新学期応援事業」とはどのようなプログラムですか?

加藤「経済的な貧困や社会格差で、サッカーをしたくてもできない子どもたちが、安心して新学期を迎え、サッカーを続けられるように、奨励金給付や用具寄贈、サッカー選手との交流を通じて応援する取り組みです。2021年に開始し、これまで40都道府県の639人の子どもたちを応援してきました。加えて、受益者への調査活動をしています」


――活動報告書では、申請者や応援を受けた人の性別、学年、子育て状況、世帯年収などの属性が詳細に報告されていますね。

加藤「数字について説明する前に、子どもたちや保護者方々の声を聞いてほしいという想いがあります。例えば、息子さんが家庭の経済状況を心配していて、『優秀選手賞を1回でも獲ったら僕はサッカー辞めていいよ』とお母さんに伝えていたケースがありました。あるいは、経済的な理由でサッカーを辞めてしまった子どもが、『サッカー辞めてしまったけど、本当は僕サッカーやりたいです』とか、『高校でもサッカーを続けたいけど、経済的な負担を考えるとお母さんに話すことをためらっている』などと、支援を求める声がありました。他には、『月謝が上がるからサッカーはもう辞めようよ』とお母さんに言われていた子どもが、love.fútbol Japanの活動で『サッカーを続けられることになりました。とてもうれしいです』といったように、サッカーができる喜びの声を伝えてくれました。調査した立場の我々が言うのも変なのですが、調査結果はデータとして扱われがちです。でも、そのデータの前提として、自分たちと同じようにサッカーが好きな生身の存在の子どもたちに、まずは目を向けてほしいと思います。彼、彼女たちの声は一個人とか一世帯を超えて、サッカーの新たな世界を語ってくれています」


――それは本当に大切な視点ですね。

加藤「それを踏まえて、数字的なところを話すと、まずは規模が拡大していること。支援を求める子ども人数は、初年度は102人でしたが、2年目の今年はその約2.5倍の250人に増加しました。とはいえ、まだ氷山の一角かもしれず、潜在規模はさらに大きいと考えています」


――250人の申請者にはどのような特徴がありますか?

加藤「ひとり親世帯の子どもがおよそ86%と、全体の9割近くを占めています。世帯収入は、年収200万円以下の世帯の子たちがおよそ6割を占めていました。『相対的貧困』という言葉がありますが、これに該当する親一人子ども一人の二人世代の年収は約175万円未満と言われています。 これを踏まえると、相対的貧困に当たる人たちが対象として多いと感じています。また、所属先については、部活とクラブの割合は半々くらいでした。一般的に部活の費用はそれほど高くないと考えられていますが、その費用を捻出することが難しい世帯も多いという実情を感じています」


――アンケートで最も驚いたのが借入の問題でした。

加藤「今年アンケートに答えてくれた247世帯のうち、30%の世帯が『子どもがサッカーをするために借入をしたことがある』と回答しました。実は、この数値は昨年から2年連続で同規模です。昨年この数字が出た時、私は大きなショックを受けました。サッカーをするために親が借入をしているって、一体どういうことなんだろうと。一馬(河内氏)はどう感じた?」

河内「今回の支援を募った時、親御さんの言葉、子どもたちの言葉をすべて読みました。正直ショッキングな文章が多くて、サッカーで生きてきて、これからもサッカー界の中の人としてサッカーの仕事をしていく身としては、この問題に取り組んでいかなくてはいけないという使命感が増していく気持ちがありました。サッカーの輪の中でこのような支援活動を共有して、助け合う環境がないことが、今回のプログラムを通じて改めてわかったので、今後は環境を作っていくことが大事だと思います」

加藤「先ほど浅野さんも支援の優先度の問題に言及されましたが、今回のアンケートでは、そのことについて当事者の人たちがどう考えているかを確認しました。『子どものサッカーの支援は教育や食料などの生活インフラと同じくらい必要ですか?』という質問があり、『はい』と答えた人は73%もいました。一方で、そのうちの25%の人は、『支援を求めることに抵抗がある』と答えています。さらに理由を聞いてみると、『生活に困っているのにサッカーなんて贅沢だと言われたことがある』、『親なのに子どものしたいこともさせてあげられないのか、と思われてしまう』というような、世間の目に対する恐れを感じる声が寄せられました。ここには世間との大きなギャップがあるので、当事者の環境を変えることはもちろん、その周囲にいる私たち自身の意識を変えていくためのアプローチも必要だと考えています」


――子どもたちや親御さんは、どのようにlove.fútbol Japanの支援の存在を知るのでしょうか?

加藤「私たちは、2つの方法で情報を届けるようにしています。1つはサッカー界からの発信。例えば、選手たちやサッカーコミュニティがSNSで支援情報を発信してくれています。もう1つは、子ども支援やひとり親支援に取り組んでいるNPOと連携して、各団体が支援する世帯に情報を共有してもらっています。現状では、支援を知ったきっかけは、後者経由が圧倒的に多いですが、選手たちのSNSを見て申し込みをした方々も一定数います」


――例えば、クラブの指導者や関係者、部活の関係者などに紹介してもらって申し込むというケースがあっていいのかな、と個人的には思いました。
……

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Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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