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アルシャビンが強化部長に就任。ゼニトが進める育成改革

2020.12.22

2000年代後半から欧州の舞台でも結果を残し、国内屈指の強豪の地位を確立しているゼニト。特に2010年代には国外からの大物選手獲得でも注目を集めてきたロシアの強豪が今、育成改革に着手している。その背景事情を解説する。

 1925年の創設から2020年で95周年を迎えたゼニト・サンクトペテルブルク。ロシア第2の都市の顔として熱心なサポーターに支えられてきたが、その長い歴史の大部分は中位に甘んじた苦い記憶で埋められている。ソ連時代の1984年に一度だけリーグ優勝を果たしたものの、それ以降は唯一の栄光を酒の肴にして慰め合う日々が続いていた。

 そんな日常に変化が訪れたのは、地元の巨大企業ガスプロムが公式スポンサーとなった2005年。潤沢な資金によって強化が進み、直近の15年間でUEFAカップ制覇(2007-08/現EL)、6度のリーグ優勝、ロシア杯優勝3回を誇るメガクラブへと急成長すると、今やロシア全土で最もファンの多い人気クラブとなった。昨季は圧倒的な差を見せつけて国内2冠を達成。他クラブのサポーターから「金で買ったタイトル」「審判はゼニトの味方」といった嫉妬まじりの野次が飛ぶのがもはや恒例だ。

 国内外から実績のある選手を集めた近年のチームにはペテルブルク市民も気にかかる点があり、地元出身の主力選手がいないことが悩みの種。いまだにアンドレイ・アルシャビンとアレクサンドル・ケルザコフの黄金コンビを筆頭にイゴール・デニソフ、ウラジミール・ビストロフ、ウラジスラフ・ラジモフ、ビアチェスラフ・マラフェエフといった生え抜き選手が中心となってリーグ2位となった2003年に想いを馳せるファンも多い。育成に国内トップの資金を投じながらも長らく成果が出ていない現状を改善すべく、8月に育成部長に就任したゼニトの“最高傑作”アルシャビンは「我われは数々のタイトルを手にしているが、その中心に生え抜き選手がいなければならない」と抱負を語っている。

 功労者だったイゴール・スモルニコフやオレグ・シャトフが契約満了により去り、ロシア人選手の世代交代を進めたい今季はレギュラー定着に期待が持てそうな若手が台頭している。まずは左SBのダニール・クルゴボイ。高精度のキックを武器に、堂々としたプレーぶりでセルゲイ・セマク監督の信頼を得た。そして、セルタやロシア代表で活躍したレジェンドと同じ苗字を持つMFアンドレイ・モストボイ(息子や親類ではない)はスピードと気持ちの強さが光る。第7節アルセナル戦ではクルゴボイのシュートをGKが弾いたところにモストボイが詰めて決勝点をもぎ取り、22歳コンビが新鮮な力を印象付けた。さらに、昨季終盤にリーグデビューを飾った21歳のムサエフと10代のプロヒンやシャムキンもアカデミー出身だ。 

ゼニトの期待株モストボイ

 アルシャビン世代を指導し、現在はゼニトアカデミーの校長を務めるアナトリー・ダビドフは、トップ昇格のあまりにも厚い壁を前にして諦めてしまう教え子たちの心情を理解しながらエールを送った。

 「クルゴボイやモストボイは可能性を示してくれた。自分を信じて、持っている力をすべて絞り出さなければならない。トップチームの練習場はアカデミーからたった200m。道は開けている」

日陰部分に雪が残るメイングラウンド「スメナ」。現在3部所属のセカンドチーム「ゼニト2」や今年創設された女子チームが試合で使用している
普段練習で使用されているグラウンド。これと同じものが他に3面ある
小学生チームの試合の様子。アカデミーには6歳から18歳までの生徒がおり、地元の子が多いがロシア全土からスカウトされ寮生活を送る子も。奥にはドーム型の屋内グラウンドが見える
練習を終えた子供を迎えるお父さんたち

 数多の歴史文化遺産があふれ、第二次大戦時に900日にわたる包囲を耐え抜いた“特別な街”ペテルブルク。強烈な地元愛を持つ人々は、生え抜きのスターを待ち望んでいる。

Photos: Naoya Shinozaki, Getty Images

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アンドレイ・アルシャビンゼニト育成

Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。