「全部ガチでいく」躍進するカターレ富山。左伴繁雄流『言霊』と退路を断つ経営術とは?
Jプロビンチャの挑戦 第3回(前編)
「プロビンチャ(Provincia)」とは、イタリア語で「地方の中小クラブ」を意味する。その言葉が生まれたイタリア・セリエAでは、名将ガスペリーニの戦術と「育てて売る」クラブ戦略が合致したアタランタがCLの常連となるまでに飛躍した。「地域を豊かにする活動」を理念の1つとして掲げているJリーグは全国各地に60のクラブを抱えているが、Jプロビンチャが生き残っていくための術、さらにはアタランタのように国外へと羽ばたいていくクラブは現れるのだろうか?――最前線で闘う経営者たちと一緒に議論してみたい。
長くJ3で低迷していたカターレ富山が、今、明確に躍進の階段を駆け上がっている。24年に劇的なプレーオフ勝利で11年ぶりのJ2昇格を果たすと、25年は最終節での大逆転劇で残留を掴み取った。そして26年上半期の明治安田J2・J3百年構想リーグではWEST-Aを首位通過し、J2・J3の頂上決戦に進出。低迷クラブのイメージを覆す快進撃だった。この躍進の原動力として、2021年に就任した左伴繁雄社長の存在を挙げる声は多い。Jリーグ屈指のプロ経営者はカターレ富山に何をもたらしたのか(取材日:6月22日)。
百年構想リーグも「うちはガチ」
――明治安田J2・J3百年構想リーグはWEST-Aで首位通過、J2・J3の決勝戦に該当するプレーオフ第2戦のベガルタ仙台戦は一人少ないながら後半アディショナルタイムに劇的に追いつく展開。今のカターレ富山の勢いを感じさせる凄いゲームでした。
「我々はグッドルーザーなんです。昇格・降格がある今後のJ2リーグ戦が本番であって、選手たちには『みんな、まだケリがついていないからな』と発破をかけました。10人の状況で劇的に追いつき、PK戦も2人目まで勝っていた。続きがあるストーリーになったと思います」
――百年構想リーグは各クラブのスタンスが微妙に違っていて、若手をたくさん起用することを是としたチームもある一方、カターレ富山は全編“ガチ”でしたね。
「うちはガチです。監督の安達(亮)には意図的に若い選手を起用するとか、戦術を試すとか、そんなことはありえないと。お金をもらってやっている商売なのだから、試合をやる以上は全部勝ちにいく。その中で若い選手が伸びてくる。優遇されて起用された若い選手に面白い選手なんて一人もいないですよ。全部ガチでいく。月に1回、Zoomを通じて社長メッセージで捲し立てるんです。『チャレンジリーグなんて言葉は禁止用語にするぞ』と。強化部長の遠藤(善主)には『獲得する賞金も予算に入れよう』と言って、戦闘モードで戦い切りました」
――ここ最近のカターレ富山は劇的なシーンが少なくありません。24年は劇的昇格、25年は劇的残留、そして百年構想リーグはファイナルで劇的同点弾。そんな劇的なシーンが同じチームで短期間でこんなに起こることはそうありません。この現象を表現するときに僕は「あれは左伴社長の胆力だ」というんです。それしか説明のしようがない。
「私は『言霊』はあると思っているんです。毎年『昇格を狙う』と公言している割に予算も稼ぎもない状態がずっと続いていたから、トップラインを掲げて、身を切ってでもお金を集める覚悟はありました。J2昇格を叶えるための最低限必要な強化費は統計上で割り出された数字がある。そのための稼ぎが追いつかなければ赤字でやる。株主になりたい人はそれなりにいるので、足りない分は増資で対応する。『カターレは北陸電力とYKKのクラブでしょ?』と思っている人が多数いるので、株主一覧表を見せてそうではないことを説明すると『え、だったら私も』と驚かれます。それで1億円ほどは集められるし、23年から本気でJ2を狙うことを公言しました。赤字と増資を繰り返した結果、24年に純資産が200万円を切ってしまい、Jリーグからも心配されましたが、どうにか凌ぎました。だからこそチームに『それだけクラブも体を張ってやっている。これで昇格できなければ、このクラブは債務超過で消滅してしまう。それでいいのか?』と迫れるんです。今まではチームやサポーターから『フロントが身体を張っていない』という声が本当に多かったと聞くし、私が来た以上は間違っても『フロントが身体を張っていない』とは言わせない次元で数字を上げてきたつもりです。
ただ、それでもJ3降格がちらつくときに奮い立たせるのは、もう言葉でしかないんです。『俺たちは日本一諦めが悪い集団だ』『強いやつが勝つんじゃなくて勝った方が強いんだ』『お前らは(天皇杯で)ヴィッセルに勝った、エスパルスにも勝った、サンガにも勝った、J1に散々勝ってきたのになぜ残留争いをしているんだ』『最後は出し尽くせ。やれること全部やらないと一生後悔するぞ』、そんな言葉を羅列して捲し立てるんです。このクラブはファイティングポーズを取ることをあまりやって来なかった。それは経営者の問題です。お金も集まらなかったし、チームも際まで粘れなかったし、諦めるのが早かった」

左伴社長の言葉が“刺さる”わけ
――左伴社長の歩みを振り返ったとき、横浜F・マリノス時代に日産から出向していた身に区切りをつけて、退路を断つ決断をしたことがプロの経営者としてターニングポイントになったという記事も拝見しました。それが人に何かを伝えるときにモノをいう。
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Profile
鈴木 康浩
1978年、栃木県生まれ。ライター・編集者。サッカー書籍の構成・編集は30作以上。松田浩氏との共著に『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』がある。普段は『EL GOLAZO』やWEBマガジン『栃木フットボールマガジン』で栃木SCの日々の記録に明け暮れる。YouTubeのJ論ライブ『J2バスターズ』にも出演中。
