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Jクラブの常識を超えていく「6年育成」。サンフレッチェ広島・新三矢寮に宿る哲学

2026.04.30

サンフレッチェ情熱記 第34回

1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第34回は、ジュニアユースとユースを6年間一貫で育てる「新三矢寮」構想に迫る。Jクラブでは異例の挑戦に込められた狙いと葛藤、そして「育成型クラブ」の原点を紐解く。

「6年一貫」という異例の育成モデル

 ジュニアユースとユース、2つの世代を1つの寮に住まわせ、6年間かけて育てていく。Jクラブでは異例ともいうべきシステムを広島は導入した。

 広島ユースは全寮制であり、全ての選手たちが「三矢寮」(広島県安芸高田市)と呼ばれる寮で生活していることはサッカー界では有名な話だ。三矢寮から近くにある広島県立吉田高に通い、帰宅後にトップチームの練習場でもある吉田サッカー公園まで自転車で通い、練習を積む。

 そのベースキャンプともいうべき三矢寮が老朽化したということで、広島は新しいユース寮の建設を計画。2026年4月15日、安芸高田市でサンフレッチェ広島の新しいユース寮の起工式が行われた。来年春には完成し、新入生は新寮での一期生になる。

 冒頭に記したように、この新寮にはユースチームだけでなく、ジュニアユースの選手たちも入ることになっている。つまり、中学1年生から高校3年間までの6年間、多くの選手たちがこの寮で一緒に生活し、ともにプロを目指すことになるわけだ。

 これには、やむを得ない事情もある。ジュニアユースがずっと練習場として利用していたグラウンドがあったのだが、そこが数年前から広島のある私立高校の専用グラウンドになったのだ。今は広島市内のグラウンドを数カ所借りてトレーニングしている状況で、優先的に使える練習場の必要性が高まってきていた状況だった。

中学生からの寮生活が抱えるリスク

 6年間の育成システムを採用しているチームは、青森山田高など高体連にはある。また、いわゆる進学のための「中高一貫システム」は、いくらでも例が挙げられる。

 ただ、Jクラブの「6年間育成」が難しいのは、ユースとジュニアユースの間に「昇格」という壁があることだ。進学校でもスポーツ校でも、高校の場合はたとえ実力的についていけなかったとしても、学校にとどまることは可能だ。しかし、Jリーグのアカデミーの場合、力と将来性をクラブが認めないと高校進学期に脱落してしまう。目的が「プロ選手の育成」である以上致し方ないのだが、選手や家族にとっては厳しい制度である。

 もちろん、ジュニアユースからユースに上がれなくてもサッカーを続けることはできるし、森重真人(広島ジュニアユース→広島皆実高)や本田圭佑(G大阪ジュニアユース→星陵高)のように、ユースに上がれなくても日本代表に昇りつめる選手もいる。しかし、この挫折を力に変えて成長するのは、決して簡単ではないことも現実だ。

 考えないといけないのは、サッカーのことだけではない。最長6年間に及ぶ寮生活と厳しいサッカーでの競争が選手たちのメンタルに与える影響や生活習慣、学校生活や勉強も含む「人間性教育」のところも、気を配らないといけない。寮に入るのは中学1年生という少年の入口に立ったような年代。ユース昇格決定でも昇格できなくても、中学3年生時には受験も待っているのだ。

 寮生活も少年たちにとっては厳しい。生活の規律を身につけ、学業とサッカーの両立を図る寮での3年間は人間形成において非常に重要で、大きな役割を持っていることは広島ユースの卒業生たちの成長を見ていればわかる。プロに昇格できなくても大学で活躍する選手は多いし、社会人として成長している卒業生も少なくない。

 しかし中学1年間からの6年間となると、果たしてどうなのか。スタートとなるのは13歳で、まだ精神的にも幼い。「だからこそ」という見方ももちろんあるが、未熟な子供たちに家族と離れて暮らし、プロになるために不断の努力を続ける覚悟ができるかどうか。家族も、かわいい13歳の息子に試練を与える決意ができるか。そういう不安も、もちろん存在する。

Photo: ©Sanfrecce Hiroshima

時間のロスを消すことが、才能を伸ばす

 一方で、メリットも大きい。トレーニングはユースとジュニアユースは別々のグラウンドで行い、時間もずらす予定。しかし、ユースの指導者がジュニアユースの選手たちを間近に見る環境が用意されていることで、実力を持つ選手たちを早めにユースレベルへと引き上げることができる。

 かつて野津田岳人は中学3年生から三矢寮に引っ越し、普段のトレーニングはユースで行い、試合のごとに広島を拠点とするジュニアユースに行く生活を行っていたが、ユースとジュニアユースが近くになれば野津田が経験した時間と距離のロスを感じなくてすむわけだ。広島と安芸高田市では往復で約3時間。これがなくなるだけでも、負担減は大きい。

 レベルが高過ぎると自信をなくす。しかし、年齢関係なく自身がクリアした水準のままの環境にいることも問題だ。楽に対応できることで、努力しなくなるからだ。だからこそ、できる選手はどんどん上のレベルへと引き上げたい。リーダーシップを醸成させるためにあえて同学年でプレーさせることも悪くはないが、中学生レベルであれば難しいハードルを与え続けて個人能力を伸ばすことに集中させるべきだろう。

 中学生時代は「ポストゴールデンエイジ」と呼ばれ、骨格・筋力・持久力が急激に発達する身体の成熟期。既存技術の反復による高精度化や戦術理解力の強化など、個人の成長を促すべき時。リーダーシップは高校生になって以降でも身につくと、森﨑和幸を見てきた筆者は思う。

 ユースに昇格した選手が行き詰まった時も、ジュニアユースのコーチが側にいると相談しやすい。指導者間のコミュニケーションも取りやすくなり、指導の一貫性を持つこともできる。家庭では管理しにくい食事面も寮なら栄養士の指導のもとでアスリートの身体づくりに適切なメニューが組まれるし、ケガをしてもクラブのメディカルスタッフによる処置やリハビリも受けられる。全てのことに対して、メリットとデメリットがあるのは当然だ。たとえデメリットがあったとしてもメリットが大きければ問題はない。

Photo: ©Sanfrecce Hiroshima

沢田アカデミー部長が示す「育成」への覚悟

 新しい三矢寮の建設に伴うジュニアユースの移転と「6年間の指導」について、サンフレッチェ広島の沢田謙太郎アカデミー部長に、話を聞いてみた。

……

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Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

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