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なぜアズーリは変われなかったのか?マンチーニからガットゥーゾまで“停滞”の4年間(前編)

2026.04.03

CALCIOおもてうら#65

イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。 

今回は、イタリア代表はなぜ変われなかったのか、EURO制覇後の4年間を検証する。マンチーニの改革がもたらした希望、スパレッティの現実的な決断、そしてガットゥーゾに託された“結果のみ”という過酷なミッション――。その4年間を振り返ると浮かび上がるのは、「何も変わらなかった」という残酷な事実である。構造的問題(マクロ)とピッチ上の現象(ミクロ)の狭間で、アズーリはどこへ向かったのか。

「マクロ」と「ミクロ」の狭間で停滞した4年間

 4年前と何も変わっていない――。

 イタリア代表が3大会連続でW杯出場を逃した原因がどこにあるのか、それを考え始めると、どうしてもこの結論に戻ってきてしまう。

 今からちょうど4年前の今日、カタールW杯のプレーオフ準決勝で北マケドニアに敗れ予選敗退を喫した原因について原稿を書いた。まだ紙の雑誌として隔月刊で発行されていた本誌の2022年5月号(Issue 090。特集はポジショナルプレーだった)に掲載されたそれをあらためて読んでみると、ちょっと愕然とした気持ちにさせられる。そこで取り上げられているテーマ、それをめぐる当時の状況が、現在のそれとほとんど同じなのだ。この4年間、イタリアはただ同じところをぐるぐると回り続けていただけだった、と言ってもいいくらいだ。

 イタリア代表だけでなくイタリアサッカー全体が近年なぜ衰退の道を辿っているのかについては、特集『イタリア代表はなぜ、弱くなったのか』で、複数のエキスパートと共に掘り下げた。単純にこれが原因だ、と特定できる何かがあるわけではなく、複数のレイヤーが複雑に絡み合いつつ、しかし全体として「タレントを輩出できない」方向に連鎖しあっているというのが、その結論だった。

 特集タイトルとは裏腹に、そこではイタリアのA代表が「弱くなった」経緯については、具体的に掘り下げることをしなかった。それは、原因は代表チームそのものではなく、そこでプレーする選手たちのレベルが相対的に下がっていること、絶対的な違いを作り出せるワールドクラスのタレントを輩出できなくなったことにあるという立場から、育成の問題に焦点を当てて特集を構成したためだ。

 もちろんその時点では、このプレーオフに対してそれほど悲観的な観測を持っていたわけではなかった。ただ、W杯に出場できるかどうかにかかわらず、イタリアサッカーが深刻な課題を抱えていることは明らかであり、それを克服できなければ明るい未来は見えてこない、というのが基本的な認識だった。プレーオフが、怖れていた最悪の結果に終わったことには、本当に心が痛む。

 この特集で掘り下げたイタリアサッカーの構造的な問題点を「マクロ」なレベルにおける原因と位置づけ、北マケドニア戦という単一の試合の敗因分析(これは別のところに書いた)を「ミクロ」な視点とすれば、ここ4年間のイタリアA代表の歩みをどのように理解し評価するかという視点は、その中間に位置することになる。以下、具体的に見ていくことにしよう。

モデルチェンジは成功も世代交代は未完

 4年前のカタール大会出場権を逃したチームは、そのわずか8カ月に、コロナ禍により1年延期となったEURO2020を制したメンバーが主力を占めていた。キエッリーニは引退していたが、ボヌッチはまだ最終ラインに残っており、バレッラ、ジョルジーニョ、ベラッティという強力な中盤、ベラルディ、インモービレ、インシーニェの3トップも健在だった。監督はロベルト・マンチーニ。システムは[4-3-3]。ポゼッションで主導権を握り、ボールロスト時にはゲーゲンプレッシングで即時奪回を試みる能動的でモダンなチームだった。

 W杯予選のグループで2位になってプレーオフに回ったのは、1位抜けしたスイスとの直接対決2試合でいずれもジョルジーニョが決定的なPKを失敗し、勝ち点を取りこぼしたことが直接の原因。ボールと地域を支配して試合を運びながら、ファイナルサード攻略で行き詰まって得点を奪えない、それを解決できる個のクオリティの不足が、チームが抱える最大の限界だった。4年前の原稿には、その遠因である育成を見直し、より多くのタレントを輩出できる環境を整えることが未来に向けた不可欠の課題、と書いてある。

 しかし当時はまだ、このW杯予選敗退は思わぬ不運が重なったアクシデンタルな結果であり、チームとしては欧州トップレベルの競争力を保っている、というのが、一般的な見方だった。実際、この直後に始まった22-23シーズンのUEFAネーションズリーグでは、ドイツ、イングランド、ハンガリーと同居したグループを1位抜けし、準決勝でスペインに敗れたものの、3位決定戦でオランダを下している。

 その過程でマンチーニ監督は、EURO2024、そして2026W杯に向けて新たなサイクルを築くべく、段階的な世代交代に取り組み始めており、DFバストーニ、スカルビーニ、ブオンジョルノ、MFトナーリ、フラッテージ、FWレテギ、ザニオーロ、ラスパドーリ、ニョントといった若手を積極的に招集・起用している。ただ、この「テスト」がもたらした見通しは、必ずしも明るいものではなかった。22-23シーズンに一度でも代表に招集された選手の数は50人を超えたが、確実な戦力としてチームに定着したのは数人にとどまった。今から振り返れば、アズーリの未来に対する小さな疑いが芽生えたのはこの時期だった。

「3バックか4バックか」──迷い続けたスパレッティの2年間

 運命の大きな転換点は、ネーションズリーグのファイナル4が終わって間もない2023年8月、マンチーニが代表監督を辞任したことだった。

……

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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