サッカーを支える“最後の前提”は「フェアプレー」と「良心」。インテル対ユベントス誤審論争が暴いた本質
CALCIOおもてうら#63
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、2月14日のセリエA第25節インテル対ユベントスで起きた「2枚目のイエローカード」を巡る誤審論争。VARが介入できない制度上の問題から始まった議論は、やがて選手の倫理、監督の言葉、クラブ幹部の発言、そしてサポーターの憎悪へと拡散し、国全体を巻き込む炎上へと発展した。この騒動が炙り出したのは、サッカーというゲームを成立させている、きわめて脆く、それでも決定的に重要な2つの前提だった。
先週末のセリエA、インテル対ユベントスで起きたカルル退場の判定をめぐって数日間にわたってメディア上、そしてSNS上で燃えさかった論争は、なかなかすさまじいものだった。
当初、明らかに誤審に見えるカルルへの「2枚目のイエローカード」判定に対する直接的な不満とイタリアの審判システムへの不信、そしてプロトコル上VARが介入できないという「理不尽」をめぐる制度的なテーマから始まった議論の焦点はしかし、すぐにこの「誤審」を招いたバストーニのシミュレーション、レッドカードが出た直後のガッツポーズを巡る倫理的な糾弾へと移り、それに対して両クラブ関係者がコメントするたびに、批判、擁護、反論、再批判が飛び交い、国全体を巻き込む大炎上と言ってもいいくらいの勢いで、渦を巻くようにエスカレートしていった。
制度の壁、当事者の発言、そして論争はカオスへ
ことの経緯はこうだ。
緊迫した接戦の中、1-1で迎えた前半42分、ユベントスのカウンターアタックからのパスを自陣ペナルティエリア手前でカットし、逆襲に転じようと加速したバストーニとカルルが接触、バストーニは雷にでも打たれたように派手に倒れ込む。これを見たラ・ペンナ主審は躊躇なくイエローカードを提示。カルルは32分にすでに警告を受けていたため、2枚目のイエローで退場となった。
問題は、この直後のリプレー映像で、両者の接触は加速したバストーニにカルルが軽く手を出した程度であり、それに対してバストーニがあたかも足をひっかけられたかのように大仰にダイブしたことが、誰の目にも明らかになったことだった。おまけに、バストーニが倒れた直後主審に対してカードを求めるおなじみのジェスチャーをして見せ、カードが出るとガッツポーズを決めていた姿も、しっかりとTVカメラに収まっていた。
しかし、現在のIFAB(国際サッカー評議会)プロトコルでは、VARが介入できるのは直接的なレッドカード、PK、得点シーン、人違いに限られており、イエローカード(2枚目を含む)の判定への介入は認められていない。そのため、オフサイドやハンドによる得点の取り消し、ファウルの再評価によるPK判定の見直しなどでしばしば見られるような形でこの判定を覆すことは、制度的に不可能だった(皮肉な話だが、2枚目イエローへのVAR介入に関してはまさに現在IFABにおいて、この試合で起こったような事態を念頭に検討が進んでおり、今月28日の年次総会で認められる可能性が非常に高いとされている)。
こうして11人対10人で続いた試合は、76分にインテルが勝ち越したものの、83分にユベントが意地を見せて追いつくというスペクタクルな展開の末、時計が90分を回ったところで決まったジエリンスキのミドルシュートにより、インテルが3-2で勝利を収めて終わった。
客観的に見て、この試合が誤審(とその修正を許さない制度的欠陥)によって歪められたこと、そしてユベントスがその被害を被ったことは否定できない。首位インテルと勝ち点12差の4位で迎えたこの「イタリアダービー」は、ユベントスにとってスクデット争い参入へのわずかな望みをつなぐ最後のチャンスだった。3ポイント上にいる3位ナポリ、同勝ち点で並ぶ5位ローマとの熾烈な争いが続く4位争いには、クラブ経営上の生命線であるCL出場権が懸かっている。
フェアプレーと良心――建前を支える2つの条件
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
