REGULAR

安藤駿介が託す未来、脇坂泰斗が掲げる天秤。大量失点と大量得点の間で揺れた川崎Fの2025シーズン総括

2025.12.29

フロンターレ最前線#23

「どんな形でもタイトルを獲ることで、その時の空気感を選手に味わってほしい。次の世代にも伝えていってほしいと思っています」――過渡期を迎えながらも鬼木達前監督の下で粘り強く戦い、そのバトンを長谷部茂利監督に引き継いで再び優勝争いの常連を目指す川崎フロンターレ。その“最前線”に立つ青と黒の戦士たちの物語を、2009年から取材する番記者のいしかわごう氏が紡いでいく。

第23回は、現役引退の安藤駿介と主将の脇坂泰斗の物語を振り返りながら、大量失点と大量得点の間で揺れた2025シーズンを総括する。

 「良くも悪くもっていう言葉がありますが、今日は『悪くも』の意味で忘れない試合でした」

 2025シーズン最終戦を終えて、ミックスゾーンを通る安藤駿介を呼び止めて声をかけると、そんな感想が返ってきた。

 今季限りでの現役引退を発表している35歳は、このJ1最終節がラストゲームだった。最後までベンチから見守った一戦は、一方的とも言えるような内容で浦和レッズに0-4で完敗している。冒頭のコメントにある「悪くも」とは、そういう意味だ。

「無理して出さなくていい」現役最終戦で見据えた未来

 今年2月、安藤はAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)、リーグステージ最終節のセントラル・コースト戦に先発出場を果たしている。9年ぶりとなる公式戦出場が小さくない話題となった。

 ただしリーグ戦に限れば、2013年に期限付き移籍していた湘南ベルマーレ時代の出場が最後だった。川崎フロンターレに復帰した14年からは、11年以上にわたってJ1の舞台でゴールマウスに立っていない。そして今年11月23日、17年間におよぶプロキャリアに終止符を打つ決断を下した。

 現役最後を飾るリーグ最終節だけは、出場に対する強い思いもあったのではないか。しかし本人は特別な時間の過ごし方をすることもなく、普段通りの準備をしてこの日を迎えたという。

 試合開始直後にピッチにいたGKの山口瑠伊が相手との接触で足を痛めてしばらくうずくまった際も、「大丈夫だろうと思って見てました」と冷静だった。「万が一があるんだったら、最後の最後で、俺が出ることあるの?とは思いましたけど」と付け加えてはいたが。

 3点ビハインドの中、5人目の交代枠としてベンチから呼ばれたのは若手ドリブラーの名願斗哉。つまり、脳震盪の疑いによる6人目の追加交代がない限り、この時点で安藤はこの試合のピッチに立つことなく現役生活を終えることとなる。

 その事実を認識した瞬間、何を思ったのか。

 彼は、あくまでチームが勝つための最善を尽くすべきだと考えていた。だから、ベンチにいたGKの自分が出る展開にはならないはずだと受け入れていたという。強がりでもなく、おそらく本音だろう。

 「(後半から)スクランブル的に3枚替えでしたし、負けてる状態だったので。いや、もうハーフタイムの時点で(出場は)ないだろうと思いました。温情はありがたいですけど、そういうので出る舞台ではないと思っているので。プロフェッショナルなチームですし、相手もそう。どんなに点差がつこうが、1点ずつ返していくっていう気持ちは見せないといけない。自分が出れなかったことがどう、とかはないですよ」

 チームを支え続けた安藤らしい言葉に聞こえた。そして去り行く自分よりも、未来のある若者たちが経験を積むことに期待を寄せて、こう口にする。

 「正直、自分がサブってわかった時にそんなに無理して出さなくていいよと思ってましたから。やっぱりこの0-4という結果がだいぶ響いていたので。来年に向けて、若い選手にとっていい材料になってくれればいいと思います」

入り混じるコールとブーイング。「チームが辛い時は…」

 タイムアップの笛が鳴り響くと、選手たちはアウェイゴール裏の一角にいるサポーターの元へ挨拶に向かっている。これで今シーズンの戦いはすべて終わった。整列して挨拶を済ませた後、出番のなかった安藤に向けて盛大なコールが鳴り響いていた。現役選手として受ける最後の呼びかけを、全身で噛み締めていたという。

 「もうこの先は、ああいうコールを受けることは多分ないと思うので、噛みしめながら……ありがたいという思いでした。点差が点差だったので、あまりサポーターのみなさんも気持ちのいいコールじゃなかったと思いますけど」

 ラストゲームが大敗だったこともあり、試合後の挨拶では、選手たちに小さくないブーイングも起きていた。川崎Fでは珍しい光景だ。あの意思表示の意味も理解した上で、安藤はこんな言葉を紡いだ。

 「最終戦のセレモニーで『チームが辛い時は支えてください』って言いましたけど、もしかしたら、それが今かもしれない」

Photo: Takahiro Fujii

 実はホーム最終戦となった前節サンフレッチェ広島戦後のセレモニーで、彼はサポーターにこんな言葉を伝えていた。

……

残り:3,744文字/全文:5,765文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

いしかわごう

北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。Twitterアカウント:@ishikawago

RANKING