仮想通貨会社テザーのユベントス買収オファーで浮かび上がった「ユベンティーノの強い不満」と「アニエッリ家のサステナブル戦略」
CALCIOおもてうら#59
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、仮想通貨会社テザーのユベントス買収オファーの顛末から見えた、アニエッリ家の投資会社エクソールの意向を反映した現経営陣の戦略とピッチ上の結果に強い不満を抱えているサポーター感情との齟齬について掘り下げてみたい。
仮想通貨会社テザーとは何者か?
少し前の話になるが、12月12日、ユベントスの発行済み株式の11.5%を保有する第2位の主要株主である仮想通貨会社テザーTether(登記上の本社はエルサルバドル)が、筆頭株主(=クラブオーナー)であるアニエッリ家の持株会社エクソールExor(アニエッリ家の投資会社。登記上の本社はオランダ)に対して、同社が保有する全株式(65.4%)を、総額約11億ユーロで買い取るという買収オファーを提示した。
2014年に設立されたテザーは、ステーブルコイン(ビットコインなどとは異なりその価値がUSドルと連動している)を発行する大手暗号通貨会社。発行しているUSドルトークンの流通総額1800億ドルは、暗号通貨の中でビットコイン、イーサリアムに次いで時価総額ベースで3位。トークンの裏づけとなる準備金の利益剰余は68億ドルに達しており、これがユベントスへの買収オファーの原資となっている。
2人のオーナーはともにイタリア人で、CEOを務める42歳のパオロ・アルドイーノはユベンティーノを自認している。今年2月に株式市場(ユベントスは上場企業)から発行済み株式の2%を取得し、その後11.5%まで保有比率を伸ばして、今回の買収オファーに至った。
これに対して、エクソールは翌日即座にニュースリリースを出し、この提案を検討の対象とすることすらなく、取締役会が全会一致で拒否したことを発表。その全文は次のようなものだ。
「Exor N.V.(以下「エクソール」または「当社」)は、テザー・インベストメンツS.A. de C.V.(以下「テザー」)から提出された、エクソールが保有するユベントス・フットボール・クラブS.p.A.(以下「ユベントス」または「クラブ」)の全株式を取得するという一方的な提案を、当社取締役会が全会一致で拒否したことを発表する。
エクソールは、エルサルバドルに拠点を置くテザーを含むいかなる第三者に対しても、ユベントスの株式のいかなる部分も売却する意図はないという、これまでの一貫した公式見解をここにあらためて確認する。
ユベントスは歴史ある成功したクラブであり、エクソールおよびアニエッリ家は1世紀以上にわたり、誇りとともに安定した大株主としての地位を保ってきた。両者はクラブに全面的にコミットし続けており、ピッチ内外の双方で力強い成果をもたらす明確な戦略の実行において、新しい経営陣を引き続き支援していく」
むしろ現出したのは、現経営陣への強い不満
2カ月ほど前の当連載コラムでも言及したように、現在のユベントスは、マウリツィオ・サッリ監督の下で9連覇目を達成した19-20シーズンを最後に、5シーズンにわたってスクデットから遠ざかっているだけでなく、その間を通して継続性と成長性を持ったプロジェクトを軌道に乗せることができないという、明らかな停滞期を過ごしている。
それもあってサポーター世論の中では、2010年代に9連覇をもたらしながら2022年に不正会計問題の責任を取って辞任したアンドレア・アニエッリ前会長に代わり、ユベントスの全権を掌握し現経営陣を送り込んでいるアニエッリ家当主でエクソールCEOのジョン・エルカンに対し、クラブに対する愛情と情熱が足りない、勝利よりも財務を優先している、サッカークラブの経営手腕も人材を見る目もない、といった批判が強まってきていた。
テザーが、買収オファーを公表したInstagramのポストに「Make Juventus Great Again」というコピーを添えたのも、まさにそうしたサポーター世論を刺激することを狙ったものだろう。
これに対してはエルカンも、自らユベントスの白いパーカーを身に着けてクラブ公式SNSの動画に出演し、サポーターに対してオファー拒否の理由とユベントスへの愛着をこう訴えた。
「ユーベは102年にわたって、私たち家族の一部であり続けてきました。それはまさに言葉通りの意味においてです。この1世紀の間、私たち4世代がこのクラブを大きくし、強くしてきました。困難な時期には守り、多くの幸せな時期には祝ってきた。
しかしそれだけではありません。ユーベは、はるかに、はるかに大きな家族の一部でもあります。それはビアンコネーリの家族、すなわちイタリアと世界にいる何百万人ものティフォージからなる家族であり、彼らはユーベを、まさに大切な人々を愛するのと同じように愛しています。この情熱、1世紀以上にわたり私たちを家族として結びつけている愛の物語を思いながら、私たちは家族として、私たちのチームを支え続け、未来に目を向け、勝てるユーベを築いていきます。
ユベントス、私たちの歴史、私たちの価値は、売り物ではありません」
だが、この動画に対するサポーター世論の反応はきわめて否定的なものだった。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
