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高卒即欧州挑戦も川崎Fでの「今が一番いい」。三笘でも「無理」な右サイド転向を成功させたWG、伊藤達哉の発想転換術

2025.08.28

フロンターレ最前線#19

「どんな形でもタイトルを獲ることで、その時の空気感を選手に味わってほしい。次の世代にも伝えていってほしいと思っています」――過渡期を迎えながらも鬼木達前監督の下で粘り強く戦い、そのバトンを長谷部茂利監督に引き継いで再び優勝争いの常連を目指す川崎フロンターレ。その“最前線”に立つ青と黒の戦士たちの物語を、2009年から取材する番記者のいしかわごう氏が紡いでいく。

第19回では、今季加入して自身初のJリーグを戦っている伊藤達哉のロングインタビューをお届け。川崎Fで右サイド転向を成功させた発想転換、ドイツ2部で重かった守備の責任、高卒即欧州挑戦を選んだ18歳の自分へ贈るアドバイス、ブンデスリーガ残留失敗とともに失ったもの、アリエン・ロッベンとフランク・リベリという理想像、そしてJリーグで感じる「タックルの質」の違いについて聞きながら、ウイングとしての生存術を振り返ってもらった(取材日:8月13日)。

転機はJ1第20節の横浜FC戦。「架空の線を引いたら…」

――まずは右サイドでのプレーについて聞かせてください。川崎フロンターレ加入前は左サイドを主戦場とされていたのもあって、最初は試行錯誤されていた印象です。

 「動きが自然じゃなかったですし、自分の中でもぎこちなかったですね。左サイドの場合は考えずに動けていて、ポジショニング、動き直す時や体の向きとか、ドリブルも全てが自然なんです。でも右サイドでは少し無理をしているというか、自分の中で1回考えてから『こうかな?』って色々とやっていました。今は左にいる時と同じようなプレーをしてるつもりです。もう苦ではないですね」

――そもそも右と左だと体の向きや視界など感覚がまったく違いますよね。

 「距離間や間合いが少し変わってしまうので。ボールを持つ位置やドリブルするときに、相手の立ってる位置や距離感は左と右でどちらも違うんですけど、右だったらこうとかが、今はあまりないかもしれないです」

――慣れるものなんですね。それも凄いことだと思うのですが。

 「人にもよると思うんですけど、試合が終わった後に自分の映像を見て考えるタイプなので、それもよかったかもしれないです。これだけ右サイドでやっていると、ゆくゆくは慣れるとは思っていました」

――川崎のクラブハウスに来ていた三笘薫に「右サイドできる?」って聞いたら、「できるわけないよ」みたいなこと言われたそうですね。どんな感じで話したんですか?

 「練習前か練習後だったと思いますけど、ジムにいたんで(笑)。薫はいつ会っても変わらずいいやつですね。『聞きたいんだけどさ。右ってできる?』って普通に聞いたら、『いや、俺は無理だね』、『だよね』って(笑)。でも今は『自分は右もできるよ』って言えますね」

――得意ではなかった右サイドでプレーすること自体に、抵抗はなかったですか?

 「もちろん、トップクラスのウイングの選手は左ウイングだけとか右ウイングだけっていうのがありますよね。それに対する憧れもあったかもしれないですけど、高いレベルで両サイドできるウインガーってすごくいいなって今は思ってます。自分としてはウインガーで左右どちらもできたほうが強みだと思ってますね」

――右サイドに慣れるまでの過程をもう少し掘り下げさせてください。どの試合がきっかけになったかは覚えていますか?

 「横浜FC戦(J1第20節)ですね」

――ニッパツ三ツ沢球技場での試合です。6月だから、割と最近です。

 「その試合がプレーしていて自分の中で一番気持ちが悪かったんです。右サイドでのプレーが悪すぎて、『いや、これちょっと右サイドはできないかも』って思って、そこから1回、発想の転換をしたんです」

――発想の転換?

 「右サイドでボールを持った時に、自分の中でもう1個の線を隣に作ってみたんです。右サイドなんですけど、ここ(右の隣)にもう1個、架空の線を引いたら左サイドになるじゃないですか(笑)」

――なんですか、その発想は(笑)。すごく面白いのですが。

 「試しに練習で架空の線を引いてプレーしてみたら、動きが自然になったんです。『あれ?これは意外といけるな』って(笑)。その後のヴィッセル神戸戦でやってみたら割と良くて。その後の(アルビレックス)新潟、(東京)ヴェルディ、鹿島(アントラーズ)、ガンバ(大阪)。鹿島戦は左サイドで出たんですけど、右サイドでも自分の中では良くなっている感じでした。それからはアシストもつくようになってきて、コツもつかんだ感じはあります」

――なるほど。頭の中を変えてプレーしてみたと。右サイドだけど左サイドと同じだと。

 「意外とそれで解決しました(笑)。左サイドだったら体に染みついてるので。最近はもう気にしなくてもいけるぐらいです。右の動きも自然になってきました」

「カウンター合戦」独2部で重かったWGが背負う守備の責任

――実際、右サイドでの得点やアシストも増えていますね。7月のガンバ大阪戦(J1第24節)では先制点をアシストしましたが、試合後に伊藤選手がすごく自分の動きを見てくれていて、自分に合ったパスを出してくれると小林悠選手が話していました。

 「ユウさんは自分が『このタイミングで狙いたいです』と言ったら、すぐにわかってくれて、そういう動きをしてくれる選手ですね。ユウさんのゴール集を何かのタイミングで見たんですけど、年々プレースタイルが若干変わってきていますよね。練習を見ていても、自分の周りのスペースでうまいですし、そこにいいパスを出したら決めてくれそうな雰囲気があります」

――基本的には、自分のパスにFWが合わせてほしいと言うより、FWに合うパスを出したいタイプですか?

 「基本的にはFWが決めるためにパスをするので、どっちかというとそうですね。自分がどういうパス出したいかっていうよりも、相手がどう点決めれるかが大事だとは思ってます。やはり自分としては、FWがうまくシュートをするパスを出せるのも大事な能力だと思うので。例えばソウマ(神田奏真)が『僕はゴール前に飛び込むので』と言ったら、そういうところに速いボールを当てる。エリソンもパスを出してくれる人に喜ぶ……って言ったらあれですけど、自分を信頼して簡単に預けてくれて、動き直したりをしてくれるので、FWとの関係は大事だと思っています」

――全体的な話も聞かせてください。今年Jリーグで初めてプレーすることになって、どんなイメージを持って臨んで、実際に何を感じていますか?

 「足下の技術が高いですね。ドイツ2部は芝が悪いですけど、日本は芝がいいので、足下でのパスやコントロールとか、その辺が増えるじゃないですか。日本の選手もそういうところが得意だから、その辺は上手いんだろうなって思って来ましたし、実際に上手いです。ただ、守備の仕方は違いますね。向こうはもっと人対人でした。日本はゾーンで構えてチームで守るっていうところがあるので、その辺は違うなと感じました」

――守備に関しては、ハンブルクの同僚だった酒井高徳選手(ヴィッセル神戸)もJリーグに復帰してから同じ趣旨のことを話していました。守り方自体がかなり違うんですか?

 「違いますね。ドイツ2部だと、Jリーグからしたらあり得ないような状況がたくさんあるんですよ。3対3でペナルティエリア付近で守るとか……かと思ったら、今度はカウンターで逆側が3対3になってる(笑)。カウンター合戦なんです」

――それは大変ですね。

 「なんでこうなるのかなって思ったら、ドイツの特徴として、前からはめてプレスに行くんですよ。

……

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Profile

いしかわごう

北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。Twitterアカウント:@ishikawago

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