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チームマネジメントで一線を画したロティーナの東京V、共鳴した佐藤優平や井上潮音らの才気もあと一歩及ばずJ1昇格失敗。そして別れの涙

2025.07.05

泥まみれの栄光~東京ヴェルディ、絶望の淵からJ1に返り咲いた16年の軌跡~#9

2023年、東京ヴェルディが16年ぶりにJ1に返り咲いた。かつて栄華を誇った東京ヴェルディは、2000年代に入ると低迷。J2降格後の2009年に親会社の日本テレビが撤退すると経営危機に陥った。その後、クラブが右往左往する歴史は、地域密着を理念に掲げるJリーグの裏面史とも言える。東京ヴェルディはなぜこれほどまでに低迷したのか。そして、いかに復活を遂げたのか。その歴史を見つめてきたライター海江田哲朗が現場の内実を書き綴る。

第9回は、2018年、クラブ史上初となるスペイン人指揮官、ミゲル・アンヘル・ロティーナの優れたマネジメントによって統率された東京ヴェルディが、昇格プレーオフを突破し、磐田との決戦にたどり着いた過程、そしてラストを描く。

 ロティーナ体制の2年目となる2018シーズン、東京Vはジェフユナイテッド千葉との開幕戦を2‐1で勝利し、第11節の大宮アルディージャに0-2で敗れるまで無敗街道を歩んだ。開幕10戦負けなしはクラブ新記録である。

 驚かされたのは、ユースから昇格したルーキーである藤本寛也の先発起用だ。各年代の日本代表に選出されてきたレフティで、展開力や急所を突くスルーパスを武器とする。千葉戦では局面を一変させる縦パスを通し、相手を退場に追い込む活躍を見せた。

 堅実でありながら、果断の人でもあるロティーナは言う。

 「寛也はボールポゼッションに継続性を与えられ、味方と連係するプレーができ、精度の高いラストパスも出せる。チームのプレーモデルに合致した選手という理由で、スタメン起用しました。私はメンバーを選ぶにあたって、年齢や身分証明書を見ません。勝つために決断していきます」

 6月30日、第21節のカマタマーレ讃岐戦、東京Vは1‐3で敗れ、勝点32の9位でシーズンを折り返す。

 夏のウインドーでは、最終ラインで存在感を強めていた畠中槙之輔が横浜F・マリノスへ、高井和馬がレノファ山口FCへと移籍。ガンバ大阪から泉澤仁、ヴィッセル神戸からレアンドロ、V・ファーレン長崎から香川勇気が加わった。

 シーズン中盤から勝点を伸ばし、自動昇格の可能性を残し続けたが、天下分け目の第40節松本山雅FC戦を0‐1で落とし、6位でプレーオフに回ることになる。

秘蔵っ子、井上潮音が逆境で見せた才気

 11月25日、J1参入プレーオフ1回戦。東京ヴェルディ(6位)は大宮アルディージャ(5位)のホーム、NACK5スタジアム大宮に乗り込んだ。年間順位の上位にアドバンテージが与えられるレギュレーション。引き分けは大宮の勝利を意味する。

 開始から東京Vが優勢に試合を進めた。ところが59分、チームのへそに位置し、攻守の要となる内田達也が2枚目の警告を受けて退場となるアクシデント。数的不利となり、にわかに暗雲が漂う。

 ロティーナは中盤に厚みを持たせる布陣に変更し、キーマンの抜けた穴をカバーしようと試みる。内田の担っていた仕事の大部分を割り振ったのが井上潮音だった。プロ3年目の21歳。東京五輪世代のひとりである。かねてより、ロティーナは井上のプレーを高く評価し、チームづくりの骨子としてきた。

井上(Photo: Tetsuro Kaieda)

 細かくポジションを変えながらボールを自在に動かし、シンプルなプレーの連続でゲームの流れをつくり出す才人だ。167cmと小柄で運動能力そのものは特筆すべき事柄はないが、体幹は鍛え抜かれ、見かけほどヤワな選手ではない。

 昨年、0‐1で福岡に敗れたプレーオフ。井上に出場機会はなく、ベンチに座ったまま見届けるしかなかった。

 「前回のプレーオフでは、まったくチームの役に立てなかった。ただただ、悔しかったです。あのときはチームとしても初のプレーオフ出場をつかみ取って大喜びし、そこから先のJ1までは現実味を持って捉えられていなかったように感じます。その点、今年は違いますよ。誰ひとりとして現状に満足してない。自分たちはもっとやれると意気込んでいます」

 大宮戦で、井上は勇猛果敢に戦い、持ち前の冷静さも生きた。ポジションを重視するロティーナ監督の指導を2年間受けた成果だろう。その場所にいるべきときにいて、ボールに寄せるべきときに寄せる。相手を見ながら適切にプレーを選び取り、チームのバランスを保った。

 71分、セットプレーのチャンスを得た東京Vは、佐藤優平の絶妙なキックに平智広が頭で合わせ、先制点をもぎ取る。この1点を守り切り、プレーオフ2回戦進出を決めた。

 試合後、ロティーナは10人で戦い抜いた選手たちを労い、井上には稚気を露わに背後から助走をつけて抱きついた。レギュラーシーズンはなかなか調子が上がらず、23試合の出場にとどまった秘蔵っ子が存分な働きを見せ、逆境をはね返したのが格別に心を浮き立たせたと見える。

不利なプレーオフを制し、流れは来ていたが…

 12月2日、J1参入プレーオフ2回戦。レギュラーシーズン3位の横浜FCが優勢に試合を進め、後半はカウンターから次々にチャンスをつくる。だが、ネットを揺らせないままゲームは最終局へと入った。

 7分のアディショナルタイムは、早くも5分を回っていた。何かが起こりそうな気配はまったくなかった。

 グレーのユニフォーム、上福元直人がハーフウェーラインを駈け足で越えていく。東京Vのコーナーキックのチャンスだ。少し前は上がることをベンチから制止されたが、どうやら正真正銘のラストチャンスということらしい。

……

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Profile

海江田 哲朗

1972年、福岡県生まれ。大学卒業後、フリーライターとして活動し、東京ヴェルディを中心に日本サッカーを追っている。著書に、東京Vの育成組織を描いたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。2016年初春、東京V周辺のウェブマガジン『スタンド・バイ・グリーン』を開設した。

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