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窮地からの3連勝。広島特有のマンツーマンゆえの間延びを解消した「川辺アンカー」効果を考察

2025.05.15

サンフレッチェ情熱記 第24回

1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第24回は、ケガ人続出で4連敗の窮地からの3連勝をもたらした「守備」にクローズアップ。マンツーマンゆえの間延びを解消した川辺駿のバランス感覚が生んだ田中聡との「縦関係」とプレスの「使い分け」について考察してみたい。

スキッベの嘆き「クロスとセットプレーしか、今は武器がない」

 2025年バージョンにおける広島の主役はトルガイ・アルスランと中島洋太朗、2人の「ファンタジスタ」が中心となるはずだった。ゲームを読む力に長け、最後の局面で創造性を発揮するトルガイと、広い視野と抜群のパスセンスを武器に「そこを見ているか」というプレーを連続してできる中島の2人が、強度と勇気でJリーグを席巻してきた広島を新しい世界につれていくはずだった。

 ミヒャエル・スキッベ監督は今季、キャンプからボールを握る志向を強めてきたのは、2人が持つ「ファンタジー」を前面に押しだすサッカーを志向していたため。過去3年間で届かなかった「タイトル」を得るためには、「強度と勇気」をベースに新しい味わいをチームに加える必要性を感じていたからだ。

 プレシーズンでのトレーニングマッチは6勝1分。トルコキャンプの5試合では14得点を叩き出し、Jクラブとの2試合でも複数得点試合。圧巻の攻撃能力を表現してきた広島は、2月8日の富士フイルムスーパーカップでは神戸を相手に2-0で完勝するなど、結果を出し続けた。エース候補として磐田から移籍してきたジャーメイン良も「このまま、1敗もしないんじゃないか」と感じたという。

 だが、好事魔多し。思惑とは、外れるためにあるものなのか。そう考えたくになるほど、広島に試練が訪れる。

 神戸戦とJ開幕となった町田戦で得点を挙げ、チームのスタートダッシュを支えたトルガイは、3月2日の横浜FC戦で負傷し、右膝前十字靱帯断裂の大ケガを負った。ACL2準々決勝(3月12日)のライオンシティ・セーラーズ戦で直接FKを決めるなど非凡なキック力を見せ続けていた中島洋太朗も、4月2日の鹿島戦で左膝を傷め、4月9日に左膝外側半月板の部分切除手術を行った。2人とも全治は明白になっていないが、トルガイは8〜10カ月、中島も2〜3カ月の離脱が見込まれている。

 さらに悲劇は続く。

 今季の新戦力であり、リーグアンでの活躍経験を持つヴァレール・ジェルマンが4​​月12日の岡山戦で左足の腿裏を肉離れ。前田直輝も4月20日、名古屋戦で左足を負傷し交代を余儀なくされた。前田はその後4月29日の新潟戦で復帰を果たしたが、広島に移籍した頃(3月末)のようなコンディションには至っていない。両足の高精度キックでチャンスの山を築く新井直人も、4月6日のC大阪戦で負傷。復帰(5月7日湘南戦)まで約1カ月もかかった。

 キャンプから負傷離脱しているマルコス・ジュニオールを含めると、攻撃能力が高くて違いを見せられる選手たちを最大6人、広島は4月の5試合で失っていた。そして結果も最悪で、C大阪戦での勝利以降から4連敗。昨年は平均18本を超えるシュートを放ったチームが、名古屋戦では9本、浦和戦では7本のシュートしか打てず、得点は4試合で1点だけ。昨年の年間最多得点チーム(平均得点1.9)の見る影もなかった。

 その頃、スキッベ監督はよく「創造性が足りない」と嘆いていた。「相手は守備を固め、ローブロックでスペースを消してきましたね」と言うと「だからこそ、創造性を持ったアイディアのある人材が必要なんだ。だが、そういうものをもっている選手たちがみんな、離脱している」と語り「クロスとセットプレーしか、今は武器がない」と表情を歪めた。

大迫の見方は「失点ゼロなら、少なくとも勝ち点1は取れる」

 しかし、誰もが得点力不足に連敗の原因を求めていた時、大迫敬介は違う見方をしていた。

 「点が取れていないのは確かですが、失点が続いているからこそ勝ち点が取れていない、それもまた現実なんですよね。後ろの僕らが失点ゼロで抑えていれば、4連敗はなかった。新潟戦(4月29日)でも、自分たちが流れをつくっていたのに、一発のチャンスで相手に得点を許してしまった。失点ゼロなら、少なくとも勝ち点1は取れる」

 0-1で敗れた新潟戦後のミックスゾーンで、大迫は悔しさから表情を歪めた。

 ――こちらはチャンスをつくっても得点できず、相手はワンチャンスをゴールにつなげている。どうしてなんだろう?

 こんなことを聞かれても、答えが出るはずもない。しかし、大迫は真摯に答えた。

 「わかんないですね。誰か1人の責任でもないし、チームとして解決しないといけない問題だと思う。僕はゴールを守るタスクを背負っているポジションだし、失点が続いて負けているのには責任を感じます。自分がチームを助けてあげたい。そういう思いが今、1番強いですね」 

 その2日後、佐々木翔が口を開いた。

 「各々は頑張ってはいます。だけど、味方同士の距離感だったり、ゴール前でシュートチャンスが生まれるような時に人数が足りないとか、クロスを上げる時の中の枚数が少ないとか、そういうことは感じましたね。チームとして少し物足りなかった。

 90分を通して自分たちが何をできていたか、(そこを考えることは)すごく大事だと思う。特に選手間の距離感は意識していきたい。新潟戦の後半は、個々の距離感が遠くなった。だからこそ長いパスを使わざるを得なくなった。

 パスコースを切られた時に、もう1つのパスコースをみんなで作れるか、サポートできるかっていうところは、距離が遠くなると難しいシーンもあります。近けりゃいいのかってわけじゃないですけど、より多くの選択肢をみんなが持ちながら、やっていきたい。

 自分たちのサッカーはどういうサッカーかっていうのを忘れずに、取り組んでいけたらいいんじゃないかな。もっと良くしたいし、もっともっとできると思うので。

 結果を出すために、自分たちがどうしていくのか、どう考えていくのかっていうところが非常に大事だと思う。反省するところはして、改善するところは改善する。ポジティブな部分には自信を持って、どういうプレーが今、チームとしていいことなのか、必要なのかっていうところは(みんな)考えていると思う」

 鉄壁のリベロ=荒木隼人はどう考えたか。新潟戦後のミックスゾーンで、彼は珍しく、感情を露にした。

……

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Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

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