REGULAR

広島が陥った「得点力不足」。ポゼッション化の副産物?スキッベ監督・選手の証言から読み解く

2025.04.17

サンフレッチェ情熱記 第23回

1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第23回は、前々回の連載で伝えた「つなぐ」新スタイル導入の産みの苦しみなのか、「得点力不足」に陥っている原因を指揮官と選手たちの証言から読み解き、解決策を探ってみたい。

 1.9点から1.0点へ。

 2024年シーズン、1試合平均1.9点を叩き出してリーグトップの得点能力を表現した広島は今季、平均1.0点とゴール欠乏症に陥っている。

 確かに前線のメンツは変わった。

 昨年22試合11得点の大橋祐紀、25試合8得点のピエロス・ソティリウと2人のCFがチームを去り、14試合8得点のトルガイ・アルスランが右膝前十字靱帯を負傷して長期離脱を余儀なくされた。72得点中27得点を叩き出した才能の不在が、今季の広島が陥っている得点力不足の要因か。

 いや、そこは果たして、どうなのだろうか。本当にタレントの問題か。

ポゼッション化のキーマン2人、アルスランと中島洋太朗の長期離脱

 オフに補強したジャーメイン良は昨季、降格した磐田で32試合出場19得点と荒稼ぎした選手である。昨季は35試合9得点を記録した加藤陸次樹は、2022年から6得点・8得点・9得点と成績を伸ばしており、今季は2桁得点に届くと誰もが期待していた。ボランチでプレーしている川辺駿にしても、欧州での3シーズンで7得点・9得点・7得点と得点能力を発揮している。さらに前田直輝とヴァレール・ジェルマンという実績のあるアタッカーを補強した。

 戦力的には問題ないと判断していい。だが、現実としての平均得点は1.0。昨年の1.9得点/平均よりも大きく下がっている。9試合しか戦っていないので統計で何かを言うのは早計ではあるが、それにしても極端な下がり具合だ。

 昨年と比較して大きく減少しているのが、シュート数である。

 2024年は18.9本、その前年は17.1本を記録し、20本超えも決して珍しいことではなかったのに、今季は15本以上のシュートを打てた試合はなく、一桁シュートに終わった試合も4試合。このデータから、チャンスそのものが減っているのではないかと推察される。実際、ゴール期待値も平均1.33。昨年の1.88を大きく下回っているのが現実だ。

ジャーメイン

 ただ、こういう統計上の数字と現場の声は、えてして大きく乖離するものだ。

 ミヒャエル・スキッベ監督は、こういったデータに関しては一顧だにせず、「クリエイティブな選手がいない」現実を嘆いた。

 トルガイ・アルスランと中島洋太朗、そしてマルコス・ジュニオール。相手の隙を衝くアイディアに満ちた選手が、いずれもケガで長期離脱中。トルガイは前述の通り。中島洋太朗は左膝外側半月板の損傷で、2人とも欧州で手術を行い、今はドイツでリハビリ中である。2人ともクラブから正式な全治情報は出ていないが、一般的にいえばトルガイは今季中に復活できるかどうか微妙なところで、中島は2〜3カ月という頃か。筋肉系のケガに苦しむマルコス・ジュニオールは1度トレーニングに合流しているが、再び離脱。復帰の目処は立っていない。

指揮官の見解は「チャンスはつくれている」

 それでも指揮官は「チャンスはつくれている」という認識だ。岡山戦(4月12日)には前半は前田直輝、後半はジャーメイン良が「100%の得点チャンス」(スキッベ監督)があった。今季初敗戦となった京都戦でも、後半には「ヴァレール・ジェルマンがGKと1対1になりながら、外してしまった」とスキッベ監督は嘆く。この試合では他にも前田や塩谷司がパーフェクトなチャンスをつくっており、「決めていれば」というシーンが連発した。いずれもトルガイや中島不在で行われた試合であり、得点を決める力はともかく、広島の攻撃力に大きな不安はないようにも見えた。

 しかし、監督は「決めていれば」という感覚だけで現状を見ているわけではない。

 今季の広島は、キャンプから「ボール保持」からの攻撃を模索していた。サイドからのクロスやショートカウンターだけでは、手詰まりになる。それは昨季の後半、身に染みた現実だ。

 広島は今や、J1の各チームからリスペクトを受ける存在となった。逆に言えば、相手は自分たちのサッカーを捨て、なりふり構わずに「勝ち点1」を狙いにくる。そこを突き崩すためには、今までのやり方だけでは厳しい。

 主武器となるクロスにしても、昨年までならピエロス・ソティリウやドウグラス・ヴィエイラといったクロスに対する強みを持つ絶対的な高さを誇る選手がいた。だが今季は、キャスティングが違う。ジャーメイン良はクロスからのボールに強さを持っているが、ピエロス・ソティリウのようなアバウトなボールに対して常に競り勝てるほどの「高さ」ではない。そして、彼の他に「ヘディンガー」と呼ばれるタレントがいないことは事実である。

 一方でトルガイや中島のようなタレントを得た指揮官は、タイトルを獲るために中央からのコンビネーションでゴールを陥れる攻撃の構築を目指した。そして事実、開幕から試行錯誤を繰り返しつつも、チームは少しずつ想定した方向に向かっていた。2月8日、富士フイルムスーパーカップのタイトルを獲った時、トルガイ・アルスランは「去年と違って、ボールを保持できる時間が増えた。それは自信になる。もっとファン・サポーターのみなさんを増やし、楽しんでもらえるために、こういう自分たちで主導権を握るサッカーをやっていきたい」と自信を見せた。

 だが、そう感じられたところで、トルガイと中島洋太朗という2人の得がたいクリエイターが戦線を離脱。今季こそはと意気込んでいた背番号10は、いまだに復帰は未定。「誰もが彼らのようなプレーをしたいけれど、それは無理だからね。チームは大きな問題に直面している」と指揮官が言うのも、理解できる。

中島とトルガイ(Photo: Kayo Nakano)

川辺駿の提言は「攻撃の回数を増やすこと」

 だが選手たちは、意外と楽観的だ。スキッベ監督にしても、創造性のところで難しい状況にあるが、チャンスをつくれていることは認めている。「シュート数が減っているとか、ボールを持たされているとか、そういう状況は関係ない」と言い切り、「ゴールチャンスを決めきれるかどうか、そこに尽きる」とも言っている。ただ、そのチャンスをより質の高いものとするためにも、創造的な人材が必要だというのが、監督の考えだ。それは、極めて当然の発想である。

 川辺駿の意見を聞こう。……

残り:3,941文字/全文:6,829文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

RANKING

関連記事