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「サッカーをシステムで考えるのには限界があると気づいた」。ナーゲルスマンと「原則」

2022.07.16

630日に全国発売となった、小社刊『ナーゲルスマン流52の原則』。史上最年少28歳でのブンデスリーガ監督デビューから6年、当代屈指の名将の一人に数えられるところまで上り詰めた指揮官の「“6番”の場所で横パスしてはいけない 」「ドリブル後のパスは、ドリブルで移動した距離より長くする」といったピッチ内でのプレー原則はもちろん、組織マネジメントの方法論や価値観に至るまで彼が実践している52の“原則”に迫った一冊だ。ジョセップ・グアルディオラやユルゲン・クロップら指揮官にスポットライトを当てる書籍が数多く出版されている中、ナーゲルスマンを取り上げることにした理由に触れた本書の「はじめに」を特別公開する。

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ドイツで新たな戦術が生まれようとしている。

 「トータルフットボール」や「ティキタカ」のようなひと言で表せるキャッチーな名前はまだ存在しないが、すでにピッチの上で鮮やかな姿を現している。

 その戦術を構成するエッセンスは次のようなものだ。

・最小限の幅
・セントラルオーバーロード
・逆クリスマスツリー型
・ボックス占拠
・レストディフェンス
etc.

 よほどドイツサッカーに精通した方でない限り、馴染みが薄い言葉ばかりではないだろうか。ドイツでもまだ一般的になっていない。なぜなら、どれもユリアン・ナーゲルスマンが独自に用いている専門用語だからだ。

 2016年2月11日、ナーゲルスマンは28歳でホッフェンハイムの監督に就任し、ブンデスリーガ史上最年少監督として一躍時の人になった。

 とはいえ、選手としてプロ経験がなく、理論を武器にアンダー年代から成り上がってきた「ラップトップトレーナー」に過ぎないため、厳しいトップの世界ですぐに挫折を味わうと思われていた。

 しかし、ナーゲルスマンの理論の破壊力は、人々の想像をはるかに超えていた。

 3バックから放たれるアメリカンフットボールのような「タッチダウン」パスと、ウイングバックがゴール前に入ってくる「ジョーカー」システムを融合させ、17位に低迷していたホッフェンハイムを奇跡の残留に導いた。すると2年目には4位、3年目には3位に大躍進し、人口3200人の村のクラブに初のCL出場をもたらしたのである。

 過激な物言いと派手なファッションも相まって、新たなサッカー界の改革者、創造者として注目され、2018年にはレアル・マドリーから監督のオファーが届いたほどだ。

 だが、青年監督はブレなかった。国外のビッグクラブに挑戦するのは時期尚早と考え、2019年夏、RBライプツィヒを新天地に選択する。

 RBライプツィヒでは激しい切り替えを武器にする「RBのDNA」に自身の尖ったポゼッションをかけ合わせ、3バックと4バックを自在に操って中央を密集させるスタイルを確立。CL準々決勝でアトレティコ・マドリーを破り、自身そしてクラブにとって初のCLベスト4進出を果たした。

 そして2021年夏、ついにバイエルンの監督に抜擢された。バイエルンがRBライプツィヒに払った違約金は2500万ユーロ。サッカーの監督史上最高額の移籍金である。

 なぜわずか5年で、これほどの飛躍を遂げられたのか? その秘密はナーゲルスマン流の「原則」にある。ナーゲルスマンは『フランクフルター・アルゲマイネ』紙にこう語った。

 「パターン練習を好む監督もいるが、ピッチにいる22人がまったく同じ配置にいるなんて状況は起こらない。もし相手が0.5m左横に立ったら、もはや選手は何をすればいいかわからなくなってしまう。だからどんな状況でも成り立つ原則を持つことが大事なんだ。それは幾何学的な配置に依存せず、適用されるものだ」

 戦術的ピリオダイゼーションの概念によれば、原則とは「4局面における判断基準のガイドを与えるもの」だ。ざっくり言えば、監督が選手にやってほしいアクション集である。

 ナーゲルスマンの場合、原則の総数はおよそ27~31だ。なぜ数に幅があるかと言えば、選手たちの特徴や戦術の習熟度によって変わるからだ。

 ホッフェンハイム時代は「31の原則」を公言していたが、RBライプツィヒ時代は「27の原則」になり、現在バイエルンでは「きちんと数えていないが、その間くらいの数」と語っている。

 ナーゲルスマンが初めて原則を導入したのは、ホッフェンハイムU-17の監督時代だった。

 「16歳の選手たちを見ている時に、原則作りに取りかかった。サッカーをシステムで考えるのには限界があると気づいたからだ。システム以上のものをチームに持たせたかった」

 いったい、ナーゲルスマンはどんなサッカーを創造しようとしているのだろう。それを解き明かすためには、ナーゲルスマンの原則を理解しなければならない。

 今回、過去の記事・文献・映像の徹底的な分析に加え、ミュンヘン在住のスポーツジャーナリスト・アレクシス・メヌーゲ氏に協力を得て、こちらからの質問を渡し、ヨシュア・キミッヒリュカ・エルナンデス、そしてナーゲルスマンに取材を行った。

 さらに、ピッチ内の原則はピッチ外の哲学とリンクしていると考え、ナーゲルスマンのマネジメント、ブランディング、自己研鑽の方法論を洗い出した。そうした取材と分析の結果、ピッチ内の30個とピッチ外の22個の原則をまとめたものが本書である。

 攻撃では本当に幅を使うべきなのか?

 激しいデュエルは正解なのか?

 ミスを想定したパスはありなのか?

 選手は監督を批判すべきではないのか?

 監督が整形してはいけないのか?――

 ナーゲルスマンの原則に触れれば、さまざまな常識が覆り、新たなサッカー観を得られるはずだ。

Photo: Getty Image

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Profile

木崎 伸也

1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。

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