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盗まれたマシア。イングランドの育成改革にも貢献した「アカデミー以上の存在」

2022.05.20

4月28日に刊行した『バルサ・コンプレックス』は、著名ジャーナリストのサイモン・クーパーがバルセロナの美醜を戦術、育成、移籍から文化、社会、政治まであますところなく解き明かした、500ページ以上におよぶ超大作だ。その発売を記念して訳者を務めたイングランド在住のサッカーライター、山中忍氏が近代バルサの栄光を支えてきたマシア(La Masía)と、その手本とすべき名アカデミーが「サッカーの母国」の現在、未来に与えた多大な影響について考察する。

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 「FCバルセロナ」と聞いて連想するものの1つに「マシア」がある。スペイン語としての意味が「農家」であることは知らなくても、1979年にオープンした旧寄宿舎が元は古い農家だったアカデミーの総称と知るサッカーファンは多い。

 このバルサ下部組織からは、1998年のシャビ・エルナンデスから、2002年のアンドレス・イニエスタ、2004年のリオネル・メッシ、さらには2008年のセルヒオ・ブスケッツら、サッカー史上でも稀に見る黄金世代が輩出された。2008年から4年間、「最高最強」のバルサを率いたペップ・グアルディオラも元マシア生。去る4月28日に発売された『バルサ・コンプレックス』の第6章『身長不問の寄宿学校、アカデミー以上の存在』にある通り、2012年には、グアルディオラの後を受けたティト・ビラノバとイレブンの全員がマシア卒業生という瞬間も試合中に訪れた。

2012年11月25日のレバンテ戦(○0-4)では試合途中から61分間、GKビクトル・バルデス、DFモントーヤ、ピケ、プジョル、ジョルディ・アルバ、MFシャビ、ブスケッツ、セスク、FWペドロ、メッシ、イニエスタというカンテラーノ11人がともにプレーした

「ホームグロウン」「EPPP」という“マシア化プラン”

 『盗まれたマシア』という章もあるように、だからこそバルサのアカデミーは国外からも注目を浴び、手本として真似られた。「サッカーの母国」も例外ではない。マシア出身者が中核を成したスペイン代表のW杯初優勝は2010年。「バルサ流」の教祖にして、その源流に当たる“トータルフットボール”の体現者でもあったヨハン・クライフの祖国オランダとの決勝で、“クライフ対クライフ”を制しての栄冠だった。イングランドは、ドイツとの16強で敗退。一足も二足も先に復興作業に着手した強国に戦術と技術の両面で完敗していた。

 著者のサイモン・クーパー氏は、1軍とアカデミー選手を囲む「丸い輪」が存在したバルサでこそ大成できた選手として、W杯決勝でも先発したペドロ・ロドリゲスを例の1人に挙げている。2008年、「小柄で才能も最大級とは言いがたい」ユース上がりの1軍デビュー戦では、「ボールに触れるたびに、カンプノウの観衆は『オレーッ!』と歓声を上げて喜んだ」とある。イングランド代表の試合でも同じかけ声が起こることはあった。ただし、パスが出た瞬間に「オレーッ!」と声が上がるスペインの観衆とは違い、繋ぎに自信が持てないイングランドの観衆は、パスが味方に届いてから「オレーッ!」となるのだった。

2008年1月に20歳で1軍デビューを果たし、09-10にはグアルディオラの下でレギュラーに定着したペドロ(中央)。その後チェルシー(15-20)、ローマ(20-21)と渡り、34歳となった今季はラツィオで再び輝きを放っている。写真は2012年3月、マシア出身で3歳上のイニエスタ、同じ1987年生まれのメッシ、セスクと

 育成の抜本改革を求める動きに拍車がかかったイングランドでは、10-11シーズンから、1軍登録メンバーに国内で育成された選手を一定数必要とする「ホームグロウン・ルール」がプレミアリーグで導入される。翌年には「エリート・プレーヤー・パフォーマンス・プラン(EPPP)」もスタート。指導者の質の向上や、教育水準と施設の改善に時間と予算が割かれることになる改革方針は、“マシア化プラン”と呼んでもよい。……

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Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。在住も20年を超えた西ロンドンが第二の故郷。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。