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プレミア勢がコンプレックスを覚えた10-11CL決勝。バルサ完勝の秘密は「ペップのマル秘ノート」にあり!

2022.04.29

『バルサ・コンプレックス』発売記念企画#1

4月28日に刊行した『バルサ・コンプレックス』は、著名ジャーナリストのサイモン・クーパーがバルセロナの美醜を戦術、育成、移籍から文化、社会、政治まであますところなく解き明かした、500ページ以上におよぶ超大作だ。その発売を記念して訳者を務めたイングランド在住のサッカーライター、山中忍氏にバルサが「コンプレックス」をプレミア勢にもたらした2010-11CL決勝を振り返ってもらった。

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 “Complex”という英単語には複数の意味がある。その1つは、様々な要素から構成されており、その理解に研究や知識を要するような複雑さ。サイモン・クーパーが、約30年に及ぶ取材に基づく新作『バルサ・コンプレックス』の中で、「敬意と興味を持ち続けながら、願わくば幻想に惑わされることなく、厳しい視線を向けることで得られた見解」を綴っている対象が、その具体例だ。

 「クラブ以上の存在」をモットーとするFCバルセロナは、「世界でも最も分散的な民主国家」とされるスペインでも「特に自律性の強い」カタルーニャ州を本拠地とする、国民の「事なかれ主義」や、バルセロナに住む「民族国家を持てない市民の心情にある渇望」、そして経営実権を握る「モダンでヨーロッパ人的なコスモポリタンとしてのイメージを自らに重ねている」地元ブルジョワ層の意思が反映された、「日常と非日常の交錯が真髄」であり、「ローカルであると同時にグローバルで、輝きもあればくすみもある、時代の象徴にして半永久的なクラブ」という「生き物」だと言える。

バルセロナの本拠、カンプノウ。写真は2018年5月6日に開催された宿敵レアル・マドリーとのエル・クラシコにて

「素晴らしいサッカー」の裏で覚えた劣等感

 翻訳を担当させていただいた私は、そのバルサに日本語で言うところの「コンプレックス」を味わわされたことがある。2011年5月28日に、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで開催されたCL決勝。試合の内容が結果を求める過程での副産物などではなく、美しくて強い「最高最強」チームが、マンチェスター・ユナイテッドを相手に3-1という最終スコア以上に一方的な勝利を収めた一戦を見ながら、サッカーファンとしては「かつてないほど素晴らしいサッカーを目撃させてもらった」という著者と同じ気持ちを抱きつつも、プレミアリーグファンとしては劣等感を覚えた。

 当時のバルサは、ペップ・グアルディオラ体制下での絶頂期。しかし、ユナイテッドもやわではないはずだった。ダイナミックな攻撃的サッカーで知られた、イングランドの雄。国内では、2位チェルシーに11ポイント差をつけて2010–11シーズンのリーグ優勝を決めてもいた。指揮を執る名将サー・アレックス・ファーガソンにとっては、その25年前の就任当初に目標として掲げた、リーグ優勝回数での打倒リバプール達成を意味する通算19度目の王座でもあった。

試合前に抱擁を交わすグアルディオラとファーガソン

 ローマを舞台とした2009年のCL決勝対決に2-0で敗れてはいた。だが完敗の背景には、自軍の攻撃よりも敵の攻撃を意識した姿勢があり、母国でのリマッチではユナイテッドが勝ちに行くと予想された。フィジカルでの優位性をタックルや空中戦で示し、ロングボールを織り交ぜながら速攻カウンターで牙を剝くと思われた。リオネル・メッシを意識するクリスティアーノ・ロナウドの個人対決を含め、果敢にローマでの借りを返すユナイテッドの戦いが期待された。

 ところが結果は、リベンジどころか前回対決を凌ぐ完敗だった。バルサは、キャプテンとしての影響力も大きいカルレス・プジョルが先発できるコンディションにはなく、イングランド人の感覚ではサイズ不足のハビエル・マスチェラーノが急造CBを務めていた。にもかかわらず、ユナイテッドはメディアで「粉砕」と形容される敗北を喫した。1-1で終えた前半でさえ7割近くボールを支配された。

勝ち越し弾に詰まった、クライフとペップの教え

 ユナイテッドのベストプレーヤーを選べば、現役最終戦でセーブを繰り返したエドウィン・ファン・デル・サール、度重なるクリアで失点を抑えたCBのネマニャ・ビディッチと、ウェイン・ルーニーになる。[4-4-1-1]のトップ下で先発したルーニーは、バルサのアンカーを務めるセルヒオ・ブスケッツを注視しつつ、ロングボールが来れば空中戦でマスチェラーノに競り勝ち、ペドロ・ロドリゲスがバルサにもたらした先制点を帳消しにした。スピードもコースも申し分のないダイレクトシュートは、後半にメッシとダビド・ビジャが決めたミドル2本にも引けを取らない見事な一撃だった。

ゴール裏からカメラが捉えたルーニーによる同点弾の瞬間

 だが、そろってスコアシートに名を連ねた3トップを含め、チームとしてベストなバルサの強さは次元が違った。ユナイテッドが牙を剥いたと言えるのは、開始10分あたりまで。以降は後ろからの繋ぎが当たり前になったバルサは、「教祖」と呼ぶべきヨハン・クライフによる格言の1つである「サッカーとは頭脳で勝負するスポーツ」を、著者が「最高の門下生」と評するグアルディオラの下で冷静に地で行った。アグレッシブに詰め寄るユナイテッドに面食らった様子ではあっても、パニックには陥らなかった。

 立ち上がりにユナイテッドが互角以上に戦えた理由には、ルーニーが下がって中盤中央に加わることで、バルサの3センターとマッチアップできていた事実がある。しかし、状況を見てメッシが加勢するようになったことで数的不利に立たされた。バルサは、ルーニーがマークを意識するブスケッツの手前に、マシアで「パスによる会話」を教育されているシャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、そして前線中央から下がってくるメッシ。相手センターハーフのマイケル・キャリックとライアン・ギグス、あるいはパク・チソンとの中央コンビをパスワークでかわすことに苦労はしなかった。

 そして、スコア上の均衡が破れた。イニエスタのパスでユナイテッドのラインが破られた。シャビが2列目と最終ラインの間のスペースでパスを受けると、中央のメッシと左インサイドにいたビジャの動きが敵の4バックを引き付け、そこで生まれた隙間にシャビが通したボールを、右でノーマークになったペドロがニアに蹴り込んだ。

先制点を流し込んだペドロを中心に抱き合うバルセロナの選手たち

 その過程では、著者が「ペップのマル秘ノート」の中身としてまとめている、「中央集権」、「敵のラインを破る」といったグアルディオラの教えが忠実に実行されていた。これに対してユナイテッドは、ギグスにしても、パクにしても、半ば冷静さを欠いてマークの対象を追い、キャリックを孤立させてしまった感がある。バルサ内部では、世の中には2通りのチームが存在すると言われていたという。ボールを中心に統制が取れているチームと、ボールを追わされて統制が乱れているチーム。ユナイテッドは後者そのものだった。……

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Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

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