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滞在中の本人を直撃。元日本代表MF望月重良がブラジルで語った“サードキャリア”

2023.03.26

 この3月、ブラジルメディアにおいてある日本人の名前が散見された。記事の見出しには「元日本代表選手が、選手と監督の国際交流のためにパートナーシップを組む」(スポーツ紙『Lance!』web版)、「望月重良がアジア市場に向けた若手選手たちの育成に投資する」(情報サイト『iG』)といった言葉が並ぶ。

 望月氏が精力的に活動しているという情報をブラジル人関係者から得て、リオデジャネイロのレジデンスに滞在中の彼に話を聞きに行った。

「1年、2年で成果が出るプロジェクトではない」

 「現役で11年プレーして、その後ゼロからサッカーチームを作って15年。そのSC相模原を、今年2月、大手企業(DeNA)に売却したんです。

 これからは、ブラジルの代理人事務所と業務提携して新しいプロジェクトを立ち上げようと考えていて、10年ぶりですかね、ブラジルに来ました」

 そう話を切り出した彼は、そのプロジェクトについてこう話す。

 「事務所が抱える20歳以下の選手たちに少し金銭面での支援もしながら、才能が開花するのをサポートしていくものです。彼らが例えばこれからプロになり、ヨーロッパやJリーグに行くかもしれない。そういう良い選手を輩出するようなお手伝いを、これからしていきたいと思っています。

 構想や計画を話し合いながらイチからやっていくんですけど、1年、2年で成果が出るプロジェクトではないので5年、10年という長い期間をかけて、成功に向けて頑張っていきたいと考えています」

 望月氏の“5年、10年”という言葉も、SC相模原での取り組みを見れば納得できる。周知の通り、引退後のセカンドキャリアに向けて監督のライセンスも取っていた彼は、たまたま相模原で食事をした際、お店のマスターの「相模原にはサッカーチームがないから、作ってくれよ」という言葉をきっかけに、人生を大きく転換させたのだった。

 「サッカーチームを作るなんてイメージは湧かなかったんですけど、ある意味、これも1つ、人がやったことのないチャレンジだと。そういうところからスタートし、やるからにはこの地域にJリーグクラブを作ろう、絶対成功させようと思いましたよね」

 2008年の神奈川県社会人サッカーリーグ3部から始まり、2021年にはJ2昇格を果たすところまできた(現在はJ3)。

 「日本では野球とサッカーが2大スポーツですけど、野球の場合はチーム数が決まっている中で、プロチームを作りたいって言ってもできないですよね。

 ただ、サッカーのレギュレーションでは一番下のカテゴリーからでも、勝てば上がっていくシステムがあるじゃないですか。それがあって毎年、昇格していく、これはもう楽しかったですよね。

 それに、相模原というのはもともとサッカーに対して、何もなかった。でも、チームができたことで、いろんな人がサポートしてくれたり、試合を見に来てくれて。

 最初の頃、観客は10人もいなかったと思うんですよ。それがプロになり、一番多かった時には1万2000人以上がチームカラーの緑の服を着てスタジアムに来てくれた。それを見た時に、ああ、本当に作り上げて良かった、やってきて良かったなっていう、あれは今でも思い出しますよね」

 ゼロから始めたクラブの経営を離れ、創業者兼アドバイザーという形で籍を置く形にした。J1を目指す上で、後押ししたいという企業が現れたのが良いタイミングとなった。

 「ただこれ、いろんなことにチャレンジしたいっていう、野心とか好奇心というのが、自分の中にはあると思うんです。だからこれからも、いろんな意味でのパイオニアになっていきたいというのはありますよね」

提携先の代理人事務所での1枚

かつてJリーグでプレーしたあのブラジル人も参加

 それが、彼自身「僕のサードキャリア」と位置付ける、今回のプロジェクトに繋がってくる。その第一歩として、この3月のブラジル来訪では業務提携するリオの代理人事務所とミーティングを重ねたのはもちろんのこと、それ以外にも実に多くの人や場所を訪ねた。

 周囲のブラジル人に「彼はもうカリオカ(リオっ子の意味)だから」とからかわれるほど、まずは現地に溶け込み、見て、話して彼自身が“感じる”ところから始めたのだ。

 ちなみに、このプロジェクトには、望月氏の元チームメイトであり、ピッチの外でも非常に仲の良い仲間だったという、トーレスも参加している。1995年からの5年間、名古屋グランパスでプレーしたトーレスは、Jリーグ初期の時代にインテリジェンスあふれる華麗なプレーで、CBというポジションの魅力と重要性を日本に伝えた選手だ。

 2001年の現役引退後は選手代理人やスポーツイベントの企画運営など、スポーツビジネスの分野で幅広く活躍。古巣フルミネンセでクラブディレクターを務めた時期もあるほか、長年続けているのはマンチェスター・ユナイテッドのスカウトだ。

ミーティング後、トーレスと笑顔で写真に納まる望月氏

 ピッチの外でサッカーに関わり続けている親友との再会はさぞや刺激になっているのでは、と聞くと、望月氏は笑った。

 「久しぶりの再会だったので、スポーツビジネスの話より昔話に花が咲くというか(笑)。

 でも、僕が日本にいた時にはわからなかったんですけど、こっちに来ることでトーレスってブラジルでも有名人で、やっぱり人から愛される人間だなっていうのはあらためて感じましたよね。いろんな人がもう『トーレスはすごいぞ、すごいぞ』って言っていたのが、実感としてわかりました」

 他にもフルミネンセのトレーニングセンターを視察し、現在ディレクターを務める元ブラジル代表FWのフレッジとも語り合った。リオやサンパウロのクラシコも観戦した。

 「ブラジルのスタジアムのああいった雰囲気は、日本では作れないですよね。国民性もあるし、日本にもいいところがいっぱいあるんですけど、ただ、あの“わあっ”という熱気はね。隣にいる人と会話ができないですもん。

 本当に、サポーターの熱が選手を後押しする、その関係性も非常に素晴らしかった。同時に、ブーイングもすごいし、大きなプレッシャーもかかる状況で上に上がっていく。やっぱり一流選手ってそういうもんじゃないですか。本当にタフですよね。そういうのも受け入れて、自分で消化して」

フルミネンセのトレーニングセンターでフレッジ(中央左)と

もう1つの役目

 仕事だけではない。知り合ったブラジル人たちが勧める伝統料理を堪能し、滞在先のレジデンスのテラスでは、逆にこのプロジェクトの仲間やその友達を招いてシュラスコ(ブラジル流のバーベキュー)も楽しんだ。レジデンスから歩いてすぐのビーチに出るなど、リオの人たちと同じように過ごす休日も経験した。

 「ブラジル人は、相手を喜ばせようという気持ちがすごくあるんですよね。何かを食べようとなると、それが遠くてもあそこが良いと言って連れて行く。シュラスコとか、この隣に専門のレストランがあるのに1時間かかるところに連れて行く(笑)」

 この2週間で印象に残ったことを聞くと「食べ物がすごく美味しい。間違いなく、太って日本に帰るだろうなと思いますけども」とユーモアたっぷりに語る彼が、貪欲にいろいろな体験を重ねていくことには理由がある。5年、10年をかけて成果を出していくという決意の下で始めたこのプロジェクトには、単に目の前の案件を成功させるだけではない目的や使命感があるのだ。

 「いろんな試合も見せてもらいました。マラカナンにも行きましたし、マドゥレイラっていう小さな街のクラブ(全国選手権4部)にも行きました。そのいろんなところで、サッカーっていうものが普段の生活と非常にリンクしている。

 テレビをつければ、ずっとサッカーのことをやっていますし、ブラジルではサッカーがある意味、1つの産業になっているのを肌で感じました。

 これを日本と比較してみると、まだまだサッカー的なステータスはないわけで。やっぱりそこは見習って、例えば僕がブラジルで感じたことを日本に伝えることだったり、今回のビジネスにはそういう役目もあるんじゃないかと思いますよね。

 Jリーグができて30年、少しずつ発展、進化はしているんですけど、ブラジルと比べてしまうとまだまだだなと思います。Jリーグも上を目指しているわけなので、グローバルにいろんなところに行って、いろんな情報を得て、それを持ち帰って日本らしさを忘れないように持ちながら、良いものを取り込んで成長していきたいな、というのはありますよね」

 彼が好きなポルトガル語の1つが「Boa sorte」(ボア・ソルチ)。直訳すると“幸運を”。挑戦する人、頑張っている人にかけられることが多い言葉だ。彼はこれから日本とブラジルを行き来しながら、両国の今を感じつつ、長期的なビジョンを組み立てて取り組んでいくことだろう。望月重良のサードキャリア、新たな挑戦にも「Boa sorte」(ボア・ソルチ)の言葉を送りたい。

4部のマドゥレイラの試合を真剣な眼差しで見つめる望月氏

Photos: Kiyomi Fujiwara, Shigeyoshi Mochizuki

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望月重良

Profile

藤原 清美

2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。

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