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広州富力アカデミー改革(後編) 喜熨斗勝史、オリジナルな未来へ

2019.09.25

16名の日本人スタッフが採用されるなど、日中融合で独自の育成改革を行う広州富力。その中心にいるのが喜熨斗勝史氏だ。喜熨斗氏はベルマーレ平塚、セレッソ大阪、浦和レッズ、大宮アルディージャ、横浜FC、名古屋グランパスなどJリーグクラブのコーチやフィジカルコーチを歴任し、三浦知良選手のパーソナルコーチも務める。これほどのキャリアを持った氏がなぜ2015年より中国に渡り、 広州富力でアカデミーを統括しているのか。そして、クラブ内では何が起きているのか。その謎に迫る。

中国流を日本人の手助けで創る

――広州富力で働き始めたのは名古屋グランパス時代にコーチングスタッフとして一緒に働いていたストイコビッチ監督に誘われたことがきっかけだとお聞きしました。

 「そうですね。彼は『お前は俺の右腕だから』と言ってくれるのですが、右腕というよりは孫の手(笑)。(ストイコビッチ監督が)手の届かないことを全部やる、副操縦士のような役割で働いています」

――ストイコビッチ監督との関係はあるものの、中国で働くことに対する不安もあったと思います。喜熨斗さんの実績なら日本で働き続ける選択肢もあったはずです。

 「当時、グランパスからも非公式ながら契約延長のオファーがあったので、それを断ってまで(広州富力に)行く価値があるかは非常に迷いました。中国からのオファー自体は納得のいくもでしたが、契約がちゃんと履行されるかどうかの不安もありました。ただ、最終的に決断したのはストイコビッチ監督との関係だけではないです」

――何ですか?

 「僕は1995年頃からJリーグのコーチを経験していますが、現在の中国は当時のJリーグと似ています。ドゥンガやエムボマ、もちろんストイコビッチ監督のようなトップレベルの選手と毎節対峙して、攻略を考えなければなりません。そういう環境で戦えることは、コーチとして何よりも自分を高められるじゃないですか。今のJリーグが悪いという訳ではないですよ。ただ、中国では相手チームの選手にパウリーニョ(広州恒大)、ラベッシ(河北華夏)、カラスコ(大連一方)などがいて、監督にはザッケローニ(北京国安/2017年よりUAE監督)やビラスボアス(上海上港/2019年よりマルセイユ監督)、カンナバーロ(広州恒大)など一流ばかり。この環境に挑戦できる日本人は僕だけと思ったら価値はあるなと」

――そのような環境であれば、広州富力でもストイコビッチ監督から求められるレベルは高そうですね。

 「一言で表すならば彼は“オーセンティック”。本物志向の監督です。毎日の練習をコントロールするのにも緊張感が走ります。まさに世界のトップを見据えている。そういうスタンスで選手やスタッフに接することで惹きつけることができる」

――ただ、クラブのレベルアップは一朝一夕で達成できるものではありません。つまり、時間をかけた育成も大切です。広州富力はアカデミーの責任者として喜熨斗さんを抜擢し、現状スタッフは日本人が16人も在籍するなど独特のアプローチをされているように傍からは見えます。

 「意識しているのは日本流をそっくりそのまま中国に持ち込まないこと。中国流を日本人の手助けで創るというスタンスですね。そこを明確に伝えたことでクラブから信頼を得た部分もあります。アカデミーは将来的に全員中国人スタッフで構成されていることが理想。今、日本人スタッフで行っているのは基礎作り。アジアの中でも日本は育成に成功した実績があるので、そのノウハウを伝えている最中ですね」

――日本における「育成の成功」はサッカーで良い結果を出すことと同等、もしくはそれ以上に人として成長できる教育にも重きを置いたことにあるのではないかとも感じるのですが、中国ではそのあたりへの意識はあるのでしょうか。

 「中国ではポテンシャルが高い子はサッカーに集中させて、勉強をさせないケースが多々あります。そうなるとプロになれなかった子達はどうなると思いますか。もしかしたら悪い道に進んでしまう。だから、僕達は(アカデミーの選手達を)学校に行かせて勉強もさせる。クラブの方針として良い成績を取らなければ試合にも出さない。広州は都会で富裕層も多い。だから、教育にも熱心な方が多く、我々の方針にも賛同頂けています」

――広州という土地と日本の親和性は菊原さんもお話されていました。話をオンザピッチに移しますが、広州は中国では比較的小さい子が多いのでフィジカル勝負ではなく、日本が得意とする技術や協調性の指導を重視していると。

 「それもあります。ただ、僕達がアカデミーで選抜しているのは将来的に180㎝以上になるポテンシャルを持った選手ばかりですけどね(笑)。確かに広州の子は全体的に小さいですが、プロになるためには、やはりある程度のフィジカルキャパシティーは必要です。特にセンターバックやフォワードの選手にはある程度の大きさとパワーを求めます。その上で我々は技術や協調性を指導することで大人になっても世界で通用する選手を育成する。パワーでサッカーさせちゃうクラブが多い中でそこは違いを生み出せると思っています」

――実際、アカデミー年代で広州富力は結果を残しているとお聞きしました。ただ、本当に大切なのは現時点でのチームの勝利以上にトップで通用する選手の輩出という考え方もできます。現状、クラブが設定しているKPIはありますか?

 「育成の結果はすぐに出るものではないです。例えば、中村俊輔選手。マリノスのユースに昇格できなかったけども最終的にはスター選手。その逆のパターンもある。だから、育成年代のKPIの設定は難しい。ただ、言えるのは勝つことを目指す。ただ、勝利に固執するのではなくどのように勝つか。どんな内容で負けたか。それを評価する」

――評価する上では基準が必要です。いわゆる「自分達のサッカー」とは何かという話に行き着くと思うのですが、広州富力はどのようなサッカーを目指していますか?

 「色んなタイプの相手や監督に対応できるサッカー。例えば、相手が前がかりにくるならカウンターを選択するなど、自分達で判断できる選手を育てたいですね。そのためには様々な場を設定していく。場数を増やしてフィードバックして、ゲームとトレーニングの繰り返し」

――そして、それを指導する日本人スタッフは多様な顔ぶれです。喜熨斗さんがスカウトされているとお聞きしました。

 「あえて多様性を持たせています。色んなタイプのコーチにいて欲しい。ただし、クラブが認めたメソッドに沿って指導はしてもらう。さきほどお伝えした色んなタイプのサッカーに対応できるために年代別でどのようなサッカーを伝えるべきなのかを理解してもらう」

――ベースとなる共通理解があった上で各コーチのオリジナリティを出してもらう。

 「はい。クラブの指導方針に賛同してくれた上で、大志を持っている指導者に声をかけています。中国でお金を稼ぐことが終着点ではないということ」

――社外秘だと思いますが、そのメソッドについてもう少し具体を教えて頂くことはできますか?

 「見ます?(メソッドが書かれた資料を開きながら)一般には公開できないですが、結構細かく定義しています。完全オリジナルで作成しました。スピードは何歳でどのように鍛えるのか、シュートは、パスは……。年代に応じてコーチングポイントを明確にして。とにかく知性に勝るものはピッチ上にはないということを強調しています。例として、ここに1年分のトレーニングスケジュールを1週間単位で記載しています」

――これを日本人に任せるのは広州富力は思いきった決断をしたなという印象です。

 「彼らのクラブオリジナルが欲しかったのだと思います。これを作ったからこそクラブから信頼を得たとも言えるかもしれません。欧州のクラブでは皆似たようなものを持っていますが、日本ではここまで細かく作りこんでいるクラブはあまり聞かないですね」

――このメソッドは喜熨斗さんが退団後もクラブの原則として残り続けるのでしょうか?

 「どうでしょうね。ただ、僕はこのメソッドはクラブにとっての初期フェーズであるというイメージで話をしています。だから、スタッフの中国人も増やして少しずつ育成の主導権を譲っていきたいと思っています」

ストイコビッチ監督の右腕としてチームの発展に尽力する喜熨斗氏

中国には日本がある。だから、僕達が呼ばれている

――2015年8月から広州富力で働かれて4年。このような形で基盤作りに貢献されてきました。成果を感じられる部分も出てきているのではないでしょうか?

 「選手達やご両親から感謝の声を聞けるのは1つの成果でしょう。もちろん勝っていることもありますが、礼儀や規則正しさなどを子供達が取得している。100人の選手のうち99人はプロにはなれない。ただ、サッカーを通じて人間性が育てば別の世界でも通用できる。それは1つの目標達成です」

――逆に課題はありますか。

 「トップチームとの連携です。早熟で有能な選手は16歳、17歳でもトップチームで活躍できるくらいになって欲しい。そのためにも若い選手をトップチームの練習に参加させるなどの連携が重要になってきます」

――喜熨斗さんが広州富力に来てからアカデミーのトップ昇格は何人くらい出していますか?

 「0人です。ただ、まだ4年。もう少し我慢が必要。今の13~14歳が17~18歳になる頃には絶対にトップで試合に出場できると思っています。そこをクラブには理解して欲しいと伝えています。そして、そういう選手が引退後に指導者やGMになる。先は長いですが、サッカーはそういうもの。そのサイクルがあって中国サッカーが本当の意味で完成する」

――習近平体制に連動して中国内におけるサッカーへの投資もしばらくは続きそうです。ただ、本当の意味での発展やサステナビリティは中国国内での人材育成が肝であることは間違いないと思います。

 「“爆買い”からスタートしたのは仕方ないですね。初期のJリーグと同じですよ。バックグラウンドがないから。海外のビッグネームを呼んで、そこから学んでいるステータス。ただ、当時の日本と今の中国が1つ違うのはアジア内に育成を含めて成功している国があるということ。中国には日本がある。だから、僕達が呼ばれている」

――南米や欧州から“学ぶ”立場だった日本が、アジア内とはいえ他国に“教えている”のは日本サッカー界の成長も感じます。

 「中国と比較すれば日本の育成は優れていますし、アジアトップレベルだと思います。ただ、日本はまだ、ムバッペやラッシュフォードを生み出せているのかという話。まだまだ我々も学ばなければいけない段階」

ストイコビッチ監督の代わりに記者会見に出席することも

――最後に喜熨斗さん個人のキャリアの未来についても伺わせてください。まずはこの夏からアカデミーを統括するポストを菊原志郎さんに譲り、トップチーム専任となります。

 「より一層トップチームにコミットできる時間が増えたので、ストイコビッチ監督の孫の手として手の届く範囲を広げたいと思っています。メインの仕事はトレーニングの指導はもちろん、トレーニングのスケジュールや内容作成、スカウティングやミーティング用のVTR編集も行います。大変ですが、そこまで任せてもらえているのは光栄です」

――日中での指導で知見もかなり溜まられたのではないかと思うのですが、ネクストステップは検討されていますか?例えば、監督業には興味はないのでしょうか?

 「僕の最終的な目標は3人の子供に『お父さんの子供で良かった』と言ってもらえること。そのためには僕なりの独自性を出さなければいけない。もちろん監督も視野に入れていますが、Jリーガーでもない、日本代表経験もない人間としては難しいことも自覚しています」

――広州富力での指導実績などは十分な独自要素だと思いますが、まだ足りないですか?

 「選ばれる理由のある人間にならければいけない。特に監督はそう。クラブの出身であるとか、クラブのホームタウンエリアに貢献したことがあるとかが必要。S級ライセンスを持っている人間なんてたくさんいますから。僕を選ぶ強い理由を作る必要がある。今は誰かに認めてもらえるように取り組んでいます」

Katsuhito KINOSHI
喜熨斗 勝史

1964年生まれ。日本体育大学卒業、東京大学大学院修士課程修了後、博士課程に進みながらベルマーレ平塚とプロコーチ契約。選手としては関東サッカーリーグで29歳までFWとしてプレー。セレッソ大阪、浦和レッズ、大宮アルディージャ、横浜FC、名古屋グランパスのトップチームでコーチを歴任。2015年8月より広州富力トップチームに所属。日本サッカー協会公認S級コーチ。

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリ開発等を担当。2018年より筑波大学大学院に所属し、スポーツ社会学を研究。修士号取得。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」管理人。footballista編集部。