【前編】日本代表・森保一監督インタビュー。「選手に“個の力”と言わせちゃいけなかった」ブラジル戦の判断と葛藤
【特集】北中米W杯総括。日本代表が向き合うべき「壁」の正体#1
日本代表が世界の頂点を目指して戦った北中米W杯。グループステージを突破し、歴代最多得点を記録するなど確かな成長を示した一方で、決勝トーナメントでは初戦のラウンド32でブラジルに敗れ、目標として掲げた“最高の景色”には届かなかった。
では、日本代表を阻んだものは何だったのか。個の力か、戦術か、育成か。それとも私たちが信じ続けてきた「日本らしさ」なのか。北中米W杯は、日本サッカーが次の4年へ進むために向き合うべき「壁」の存在を浮かび上がらせた。本特集では、強化、育成、そして「日本らしさ」をめぐる言説まで含め、その正体を多角的に検証する。
第1~3回は、日本代表が初出場した98年以来W杯8大会を現地取材し、森保体制の8年間を追い続けた増島みどりさんによる森保一監督の単独インタビュー。
なぜ日本はブラジル相手に“先行勝ち切り”を目指したのか。なぜ4バックへの変更を見送ったのか。そして、29試合に積み重なった日本代表のW杯全試合から見えてきた課題とは何か。北中米W杯を32強で終えた指揮官が、その判断と葛藤を明かした。
(取材日:2026年8月3日)
「個の力が足りなかった」と言わせてしまった責任
――W杯から帰国してここまでの時間はどのように過ごしましたか?
「コーチ陣、スタッフとともにデータ分析を中心に、7月はほとんどの時間を振り返りに使ってきました。課題もプロセスでの成果も見つかっています。そして選手たちもそれぞれが自分のやり方で振り返ってくれているんだと思います。でも1つ、テレビや記事でコメントしているのを見ていて、あぁ、これは監督として選手たちに言わせちゃいけなかったと……」
――それは?
「ブラジル戦を終えて、もっと個の力で行くべきだった、とか、個の力が足りなかった、個人で突破すべきだといった発言ですね。22年のカタールW杯を終えて2期目を預かる際に、強い個の力で強い組織を作ると大きなテーマを掲げたのにまた過去のスタートにさかのぼってしまう考え方を選手にさせてしまっているのかもしれない、と感じています。彼らはこの4年間、本当に個人の力を急スピードでレベルアップし成長して強い組織となる日本代表に臨んでくれました。もの凄い努力に頭が下がる。それなのに最後の試合で組織か個人だったのか、と言わせてしまったとすれば私の責任です。強い個が強力に連携して日本の強さを生み出す。どちらも求めてきました」

なぜブラジル戦は「先行勝ち切り」を選んだのか
――ブラジル戦について試合直後からご自身で“もっと違った工夫をしていれば勝てたんじゃないか”と話していました。先発に伊東純也選手と前田大然選手が入っているのは、ブラジルに先行する想定でのベストで、同時にベンチにはもう「ジョーカー」はいなかった。これまでとは少し違うとわかるスタートでした。
「カタール(W杯)ではドイツ、スペインに逆転勝ちし、昨年のブラジル戦(10月14日、味スタ)でも0-2からの逆転勝ちをしました。親善試合ではありますが。W杯優勝経験国の強豪に対して我慢して粘り強く後半の交代でつないで逆転する難しい勝ちパターンを、選手は確実にものにしてくれたと思います。もちろん、日本に対するちょっとした油断やシステムの隙も逆転の要因です。でもブラジルは昨年の経験から、逆転への警戒心は個人も戦術でも強いでしょうし、隙なんて絶対に見せないのは明らかでした。計算できるジョーカーをベンチに置く。もちろんこれもセオリーですが、ノックアウトステージでブラジル相手にW杯を勝ち抜こうとする時、ジョーカーをベンチに置いておく戦い方の意味って何だ? ならば選択肢を変更すべきでは?と自問自答しました」
――逆転パターンより先行と?
「勝てるなら“先行勝ち切り”だと考えました。ドイツやスペインの時とは違い、相手に隙はなく負ければ終わりのトーナメントでリードされて追いつくのは簡単じゃない。だから先行して選手交代でつないで勝とうと。トップを相手に、計算できるジョーカーをベンチに置いてきたいつもとは違う戦い方を選択しました」

――グループステージのオランダ戦前日、このW杯の最初の会見が日本の行方を想像する意味でもとても印象的でした。対オランダのゲームプランについて質問した際、監督は“先行勝ち切りで考えている”と言い切った。
「オランダ戦は先行勝ち切りとなりませんでしたけれど」
――世界ランキング一桁の国に対して先行逃げ切り、ではなく勝ち切ると言った理由は目の前の試合だけではなく、日本代表のW杯での歴史や背景にもあるのではないかと思いました。
W杯通算29試合で見えた、日本代表に足りない勝利と敗戦の経験
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Profile
増島 みどり
1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年独立しスポーツライターに。98年フランスW杯日本代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞。「GK論」(講談社)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作多数。フランス大会から20年の18年、「6月の軌跡」の39人へのインタビューを再度行い「日本代表を生きる」(文芸春秋)を書いた。1988年ソウル大会から夏冬の五輪、W杯など数十カ国で取材を経験する。法政大スポーツ健康学部客員講師、スポーツコンプライアンス教育振興機構副代表も務める。Jリーグ30年の2023年6月、「キャプテン」を出版した。
