FEATURE

「サッカーはスペースのゲーム」――下平隆宏が語る“今じゃないな”の正体(後編)

2026.04.15

[特集]現代サッカーは本当につまらなくなったのか――インテンシティと最適化が奪った“余白”の正体#5

「最近のサッカーはつまらない」

そんな声を耳にすることが増えた。だが、それは本当にサッカーの問題なのだろうか。それとも、我々の見方が変わっていないだけなのだろうか。かつてより速く、強く、正確になった現代サッカー。その一方で、「どこか似ている」「息つく間がない」「何かが足りない」と感じる瞬間はないだろうか。インテンシティの向上、戦術の最適化、リスク管理の徹底。勝利を追求した結果として洗練されていくゲームは、同時に“余白”を削ぎ落としてきたのかもしれない。では、その“余白”とは何だったのか。それは本当に失われたのか、それとも形を変えただけなのか。現代サッカーは本当につまらなくなったのか。本特集では、その感覚の正体を多角的に解き明かしていく。

第4&5回では、ビルドアップ志向のスタイルを貫いてきた指導者・下平隆宏の証言から、本特集の問いに迫る。前編で語られた「今じゃないな」という違和感。その正体は、勝敗至上主義や時間なき現場環境の“先”にある。彼が見据えているのは、もっと根源的な変化――サッカーというゲームの捉え方そのものだ。

「サッカーはスペースのゲーム」

縦に速いか、ポゼッションか。そうした二項対立ではなく、ピッチ上の“どこが空き、どこが埋まっているのか”をどう操作するか。その認知と設計こそが本質だと語る。しかし、ハイプレスの常態化とマンツーマン化が進む現代において、その前提は揺らいでいる。なぜチームはスペースを使えなくなったのか。なぜ「判断」は失われつつあるのか。そして、それでもなお“面白いサッカー”は成立し得るのか。現代サッカーの構造に踏み込みながら、「余白」の行方を探る。

←前編へ

「スペースを動かしているか」――下平サッカーの出発点

――そういう中で、今の下平さんのサッカーの捉え方とはどういうものなんですか。

 「縦に速いとかポゼッションするとかっていう概念じゃなくて、攻撃のところでいくと、スペースを意図的に動かしているか動かしていないかを見るんですよ。例えば、縦に速いのはいいんだけど相手が同サイドに寄って構えているところに縦に速く行ったところで、網に引っかかってカウンターを食らうだけじゃないですか。それなら相手の薄くなっているスペース、空いている方から、ちょっと手間はかかるけど揺さぶりながら、手薄な逆サイドから入っていく。そうすると当然、相手もスライドしてくるから、そこでもう一回、逆に振っていこうとか。そんなふうに、スペースという概念で考えています。スペースがあれば縦に速くてもいいと思うんですよ。

 だから試合の解説をしている時も、『ああ、そこに突っ込むのか』とかね。相手をかわすテクニックももちろん必要だけど、スペースを効果的に使えばそんなテクニックはなくても上手く入っていけるから。そういう状況をピッチの中で俯瞰できる選手も必要だし、もちろんそういうトレーニングも必要で、そういう戦術の落とし込みも必要ですよね。

 僕と大木さんが決定的に違うのは、大木さんはテクニックを磨くんですよ、ポゼッションするための。狭い局面でも細かくパスをつないでいけるように。僕はポゼッションっていうよりも、スペースなんですよ。相手がどこに来ていて、どこまでピッチがあってという認識の中で、真ん中で攻撃している時に相手が片側にスライドしていたら、その逆を使いたいんですよ。だから逆サイドに必ず1人は張らせておく。

 で、自陣ではフリーな選手を使っていく。相手がハイプレスで来たとしてもこちらはGKがビルドアップに加わっているから、ピッチ上は11対10。その数的優位を使ってフリーな選手に運んで、フリーな選手から剥がしていく。まあ、もし相手GKも出てきて11対11になったらフリーマンを作るのは難しくなるけど、基本的にはフリーな選手から運んでいく。僕のサッカーはそれです」

――世の中のトレンドがどう変わろうが、ブレずにここまで来ているんですね。

 「そうです。長崎での1年目も面白かったですよ。前任のカリーレ監督があまり戦術系のことをやっていなかったから、選手たちも新鮮だったみたいで。横浜FCに最初に就任した時もそうでしたね。選手たちが面白がって、まるで乾いたスポンジが水を吸うようにサッカーの戦術を吸収していくんですよ。あの長崎での1年目ですんなりJ1昇格できていればよかったんですけどね、プレーオフで負けてしまったから」

V・ファーレン長崎監督時代の下平隆宏B.STYLE代表

――今、サッカーが速くなっている中で、監督の意思ってどこまで反映されるものなんですか。例えばセカンドボール対応については『距離感よく予測して拾ってね』くらいしか言えないのでは。

 「そういう戦術を取っている場合、でも、もっと決められるかもしれないですよね。もちろん相手のスカウティングもあるだろうから、その戦い方で相手のウィークになる誰のところにボールを入れて、それを基本的に誰が競って、裏抜けは誰、ここは誰、拾った瞬間はどこに広げようとか、そういったところまでは、ある程度は作れると思います」

ロングボールは“逃げ”ではない。判断としての最適解

――それだと下平さんのスタイルのような、後ろから前提を作っていく、攻撃全体をデザインするといった感じにはならないですよね。

 「デザインする場所が違ってくるのかな。例えば、僕のサッカーにおいてもフリーマンとスペースという話でいくと、別にロングボールがダメというわけじゃないんですよ。前線で3対3とか2対2になっていて、相手がマンツーマンで出てきてフリーな選手がいなくなって、後ろが2対2になっている状況。そうなったら、GKかCBから競り合いの強い方に向けて蹴って、セカンドボールを拾う方が話が早い。そういう状況でロングボールが増えるのは全然いいと思うんです。それは判断だから。だけど、フリーマンがいて、相手は1人後ろに回っているのに蹴るのは絶対になし。それは成功確率が下がるから。スペースも見ることができていないということだし」

――いずれにしても、選手の認知能力がすごく大事ということですね。

 「そのためには自分たちがある程度、決まったポジションをしっかり取っていないといけないですよね。自分がここに立っていると自分に対して相手の誰が出てきているのか。ポジション的にシャドーが出てきているのかウイングバックが出てきているのか、ボランチがボランチに出てきているのか。そういったことがわかって、みんなが正しいポジションにいれば、次にどこにいる味方がフリーになるのかがわかる。そこに相手のCBがもっと出てきたら、前線は1対1とか2対2になっているから、もうビルドアップの過程はすっ飛ばしていいよねという判断になる。自分に対して誰が出てきたことによって次に誰がフリーになりそうか、そしてそこに誰が出てきているかまでを見ることができれば、次に自分が選ぶプレーが自ずと決まってくる。そういう状況に持ち込むためのポジションをしっかり取らせた上で、選手に判断を委ねますね。

……

残り:4,487文字/全文:7,426文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

ひぐらしひなつ

大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg

RANKING