【対談後編】山口遼×木下慶悟。 停滞感打破の鍵は2つ。サッカーが「面白く」なる戦術的可能性
[特集]現代サッカーは本当につまらなくなったのか――インテンシティと最適化が奪った“余白”の正体#2
「最近のサッカーはつまらない」
そんな声を耳にすることが増えた。だが、それは本当にサッカーの問題なのだろうか。それとも、我々の見方が変わっていないだけなのだろうか。かつてより速く、強く、正確になった現代サッカー。その一方で、「どこか似ている」「息つく間がない」「何かが足りない」と感じる瞬間はないだろうか。インテンシティの向上、戦術の最適化、リスク管理の徹底。勝利を追求した結果として洗練されていくゲームは、同時に“余白”を削ぎ落としてきたのかもしれない。では、その“余白”とは何だったのか。それは本当に失われたのか、それとも形を変えただけなのか。現代サッカーは本当につまらなくなったのか。本特集では、その感覚の正体を多角的に解き明かしていく。
第1&2回は、元アスルクラロ沼津コーチの山口遼氏と、FC町田ゼルビア強化部データアナリストの木下慶悟(きのけい)氏の対談だ。3月に行われたCLのレアル・マドリー対マンチェスター・シティを題材に、現代サッカーは本当につまらなくなったのかを考える。
後編では、サッカーが直面する停滞感の原因により深く踏み込むとともに、サッカーの面白さを取り戻す可能性のある戦術的なブレイクスルーの鍵を探る。(取材日:2026年3月19日)
CLでの苦戦で鮮明となったプレミア勢の“過剰適応”
――後編でまず伺いたいのが、山口さんが言及されていたプレミアリーグの環境についてです。ペップがクリエイティビティを備えた選手に重きを置かなくなり、リスクをコントロールする方向に舵を切っている要因の1つだと話されていましたが、現在プレミアで何が起こり、それをどう評価しているのかを詳しく聞かせてください。
山口「個人的に、今のプレミアに関しては『リーグデザインとしての難しさ」があると思うのは正直なところです。状況としては、どのチームも強度が高く実力が拮抗しているので、まずは失点しない堅いチームづくりが求められます。その結果、クリエイティブなプレーやチャレンジはどうしても後回しになってしまう傾向があり、セットプレーやカウンターなどで『1点」を奪い合うロースコアのゲームが中心になってしまう。
絶対的なクオリティそのものはどのチームもとても高いんだけれども、リーグとして実力が拮抗しすぎてしまっているために、チャンスを増やすよりもピンチを減らすことに、所属するどのチームも戦術設計の軸を引っ張られているように感じます。
これは時間経過とともに、プレースタイルにおける多様性も狭めてしまう可能性を有しているということでもあります。実力の過度な拮抗状態により、プレースタイルや対策も似通っていき、ますます均質化が進むというループになっているんじゃないかというのが僕の考えです。
一方で、今シーズンのCLベスト16ではプレミア勢が振るわず、2チームしかベスト8に勝ち上がれませんでした。もちろん組み合わせの運など他にも様々な要素が絡んできますので一概にそれだけが理由だとは言えませんが、プレミアリーグへの過剰適応も原因の1つとしてあったんじゃないかと思っています。均質化され過ぎたリーグでは、対策や戦略が特定のタイプのものに最適化され過ぎてしまう『過剰適応』が起こる可能性があるということです。CLのようにいろんなタイプのチームがいる環境に入った時に、積み重ねてきたことが染みつき過ぎていることの弊害が出てしまったんじゃないかと。
現代サッカーの停滞感について、今挙げたプレミアリーグの均質化は一因ではあるでしょうが、一方で5大リーグの他のリーグを見てみると、チーム間の経済格差が固定化されていて、優勝争いもまた同じ面々で行われるという側面もあります。リーガはバルサとマドリーにアトレティコを加えた3チーム、ブンデスはバイエルンでリーグ1はPSG。今シーズン、PSGがちょっと苦戦したらそれが驚かれるくらいですからね。以前からさんざん言われていることではありますが、コンペティションが硬直化してしまっていて観戦を通してカタルシスを得られる戦いが行われていないというのも停滞感の理由の1つでしょうね。
ただ、今回分析したマドリー対シティをはじめバルサ対ニューカッスル、あとはプレーオフラウンドのボデ・グリムト対インテルなどのCLの試合では、フットボールの技術的なクオリティで相手を打ち破る試合が見られました。ボデ・グリムトに関してはホームの人工芝のピッチが注目されたりもしていましたが、得点シーンはどれもきれいに崩し切った素晴らしいものでしたよね。もちろんフットボールのスタイルに良いも悪いもないんですが、個人的には選手の技術、クオリティが輝くフットボールが好きです。なのでトップを走るプレミアの後を追ってスタイルの画一化が進むのではなく、ああいうフットボールが残っていってほしいですし、今回のCL決勝ラウンドがフィジカル重視の流れを変える一歩になるかもしれないという希望を感じました。僕はシティを応援していますが、今回のマドリーは本当にいい勝ち方をしたなと思っています」
木下「遼さんのおっしゃる通りではあるんですが、ただマドリーに関して言えば、クラブ内の事情からこの戦い方も今後も続けられるわけではないというのがあるので……ムバッペやベリンガムの復帰によって、リセットが入ってゼロに戻るというのを今シーズンだけでもう4、5回は繰り返していますからね」
山口「さっきの慶悟の言葉で言うなら、今のマドリーは優位性を消費する側の選手が多いですよね。ムバッペにしてもベリンガムにしても、個人の能力は間違いなく最高クラスなんですが、彼らを全員起用することが全体最適に繋がるかはまた別の話です。優位性を消費する選手と生み出す選手のバランスは常に繊細だという側面もありますからね。彼らが離脱したことで、『優位性を生み出す側』の選手を起用できる余白が生まれたという側面もあるかもしれません」
木下「その点、アルベロアの最大の功績を挙げるとすればピタルチなどのカンテラーノを抜擢したことだと考えています。シティ戦第2レグの直前に行われたリーガ第28節のエルチェ戦では途中出場した選手も含めて7人ものカンテラーノを同時起用しました。彼らはおそらく最もトップ昇格の難しいクラブで、次にいつ訪れるかもわからないチャンスを自分の居場所に変えようと、チームのために死ぬ覚悟でプレーしてくれます。強い時代のマドリーには、近年ではナチョ・フェルナンデスやルーカス・バスケスがそうであったように、いつも覚悟を持ったカンテラーノたちの存在がありました。スカッドが揃っている時の戦術面に進化がないという意見は変わりませんが、カンテラの監督を歴任してきたアルベロアでなければ、こういう選手起用をすることはなかったと思いますし、実際(カルロ・)アンチェロッティやアロンソの下では感じられなかった新しい風が吹いていると思います」
――今お話に挙がった下部組織出身者の抜擢というのも、資金力があって次々と選手を獲得するプレミアの環境ではなかなか起こらないことだなとお話を聞いていて感じたのですが、山口さんの説明にあった「リスクをコントロールする方向に向かっている」、つまりリスクとリターンの収支が合わなくなっているというスタイル面の傾向も含めて、今のプレミアが特殊な環境になっているということなのでしょうか?
……
Profile
久保 佑一郎
1986年生まれ。愛媛県出身。友人の勧めで手に取った週刊footballistaに魅せられ、2010年南アフリカW杯後にアルバイトとして編集部の門を叩く。エディタースクールやライター歴はなく、footballistaで一から編集のイロハを学んだ。2023年からはフリーランスの編集者兼ライターとして活動。
