「Jリーグマネジメントカップ」仕掛け人に聞く、Jクラブの経営状況(前編):村井体制の「ビジネスシフト」とその先にある構造的な課題とは?
世界から見たJリーグ#6
日本人選手の欧州移籍はすっかり日常となり、Jリーグ側もロンドンに拠点を置いたJ.LEAGUE Europeを設立するなど、Jリーグと欧州サッカーの距離は年々近くなっている。互いの理解が進む中で、世界→Jリーグはどう見えているのだろうか? 戦術、経営、データなど多様な側面から分析してもらおう。
第6&7回は、デロイト トーマツ グループが発行する「Jリーグマネジメントカップ」の仕掛け人・里崎慎氏に経営面から見たJリーグの現状を聞く。前編では「Jリーグマネジメントカップ」の誕生秘話、デロイトUKが発行する「フットボールマネーリーグ」との比較、そしてそこから見えてくるJクラブの経営課題について解説してもらった。
Jリーグマネジメントカップ誕生秘話
――まずフットボリスタ読者のために、里崎さんの自己紹介をお願いします。
「はい。私はデロイト トーマツという組織の中で、10年ほど前から『スポーツビジネス』という分野に旗を立ててきました。日本におけるスポーツビジネスのマーケットを健全に発展させていくために、デロイト トーマツとして何ができるのかを手探りで模索しながら取り組んできたメンバーの1人です。
デロイト におけるスポーツビジネスの取り組みは、グローバルネットワーク全体で見るとUKのチームが非常に有名です。イギリスでは今から35年ほど前からスポーツビジネスに特化したチームが作られ、プレミアリーグの経営やロンドンオリンピックの招致・運営、さらにはレガシー作りまで、様々な形でスポーツ×ビジネスという領域に取り組んできました。
一方、日本でスポーツビジネスという言葉が出始めたのは、本当にここ10年ほどのことです。それまでは基本的にスポーツは体育と同じイメージで捉えられており、ビジネスとの接点はほとんどありませんでした。プロスポーツにしても、80年前に始まったプロ野球、30年前に始まったJリーグ以外では、最近になってBリーグが追随してきましたが、それを除くとスポーツでビジネスをするという感覚自体があまりなかったのです。
その中でデロイト トーマツは、日本においてもスポーツビジネスのマーケットはGDP比で見てもかなりのポテンシャルがあるはずだという仮説を立てました。ビジネスサイドの立場からそのマーケットを新たに作り出し、健全に発展させることにチャレンジしようと考え、ここ10年活動してきました。
その活動の柱の1つに、2017年から始まったJリーグとのアライアンスがあります。たまたま私が、当時チェアマンだった村井満さんと高校の先輩後輩だったという関係もあり、『ぜひJリーグと組んでいろいろなチャレンジをしたい』と考えました。当時は、我々のようなビジネスプロフェッショナルファームがJリーグのような組織と公式に協業して活動することは相当珍しく、ほとんど前例のない初めてのケースだったのではないかと思います。それから今まで、アライアンスは現在進行形で続いています。
私の経歴としては、オリンピックや世界陸上のように『メガイベント』と呼ばれる単発のスポーツ興行で打ち上げ花火的にビジネスをするのではなく、恒常的に行われている興行としてのスポーツビジネスのベースをしっかり拡大していくことに貢献したいという立場で活動してきました。今日メインテーマとして取り上げていただく『Jリーグマネジメントカップ』も、Jリーグさんとアライアンスを組む直前に、実は私がほぼ1人で書き上げたものが原形になっています」
――すっかり定着してきた『Jリーグマネジメントカップ』の始まりは、里崎さんの熱意だったんですね。
「いろいろと皆さんに助けていただき、当時の『スポーツナビ』に特集していただいたのがきっかけで、社内にも一気に周知されました。それをJリーグ側とも共有することで、公式なアライアンスの締結につながった、非常に思い入れのあるコンテンツなんです。ありがたいことに先日11冊目を出しまして、年数にすると10年目になります。ようやくそこまでたどり着くことができました。
今はデロイト トーマツのホームページの中でも、『Jリーグマネジメントカップ』特設ページのアクセス数が高く、注目いただけるコンテンツに育っています。最近では大学生を中心とした若い方にも『デロイト トーマツといえばフットボールビジネス含めたスポーツに積極的な取り組みをしているグループ』という印象を持っていただけるようになりました。メディアに取り上げていただく機会も増え、ビジネス全体に興味を持っていただける方が増えてきたという実感があります。ずっとそのような火付け役のようなことをやってきた人間です」
目指したのは『カレーライス理論』
――さっそくその『フットボールマネジメントカップ』についてお聞きしたいのですが、元のモデルはイギリスで1990年代末から続いてきた『フットボールマネーリーグ』だと思います。あちらは売上高ランキングの内訳分析が中心ですが、マネジメントカップはクラブ経営全体を多角的な視点から査定・評価しようという狙いを持っているように見えます。そのあたりのコンセプトの違いや立ち上げ時の狙いを教えてください。
「先ほどの背景がそのまま現在の形につながっています。実は最初から今のような形を目指していたわけではありませんでした。デロイトUKが『フットボールマネーリーグ』という形で欧州サッカークラブの売上高ランキングを毎年発表し、それが広く認知されていると知ったのは入社した後でした。私はサッカーをしていたわけではないのですが、観戦するスポーツとして非常に興味があったので、アジアでもそれをやりたいと思ったのが原点です。
当初やりたかったのは、フットボールマネーリーグのアジア版を作ることでした。Jリーグに加え、中国、韓国、オーストラリアといったアジアの主要なリーグのクラブがどの程度の収益レベルで競い合っているのかを欧州版と同じ基準で比較できれば、デロイトという同じ軸で、アジアとヨーロッパのサッカービジネスを比較検討できるのではないかと考えました。
ところが、いざ材料集めを始めてみたところ、結論として欧州版と同じものはできないことがわかりました。情報が全く公開されていないからです。各国のリーグも、各クラブも財務情報が一般の人に見える形で公表されていませんでした。ただ、そこで終わってしまうのは悔しいという思いがあり、将来的にアジア版を作るための足がかりとなる活動だけでも、まずは日本でできないかと考え直したのです」
――なるほど。それでJリーグに特化した掘り下げをしていく方向になっていたんですね。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
