
「頭を使って、勝ちにこだわる」横浜FM新監督・ホーランドが追求する新解釈のアタッキングフットボール
2025注目Jクラブキャンプレポート#2
横浜F・マリノス
新体制発表会、新チーム始動、そしてキャンプと各Jクラブが2025シーズン開幕に向けた準備を進めている。1年間を駆け抜ける体の土台、戦術の基礎を築く集中期間だが、その実態はなかなか見えてこない。そこで密着取材している番記者たちに昨季の課題を踏まえた取り組み、今季のサッカースタイルや新加入選手の現状など、注目クラブの最新情報をレポートしてもらおう。
第2回は、スティーブ・ホーランド監督が就任した横浜F・マリノス。「できる限り得点を増やし、できる限り失点を減らす」。チェルシーやイングランド代表でアシスタントコーチを務めてきた新監督は、新解釈のアタッキングフットボールを根づかせようとしている。
朴一圭のワンプレーにNG。新指揮官が求めるリアリズム
「残り1分、頭を使っていこう!」
横浜F・マリノスのベンチからそう指示が飛んだ時、今年のチームは“面白くない”かもしれないと感じた。
1月26日に35分×3本で行われたロアッソ熊本との練習試合で、マリノスは3本合計2-1で勝利を収めた。スティーブ・ホーランド監督から冒頭の指示が出たのは、1点リードで迎えた3本目の最終盤だ。
昨年までであれば、どんなスコアであろうと試合終盤でも「最後の笛が鳴るまで攻め続けろ!」と言われていたはずだ。しかし、今年は違う。スティーブ・ホーランド監督は攻撃的なフットボールを掲げつつ、徹底してリアリストであろうとしているように思う。
過去のオーストラリア人監督たちは、何点奪われようと、それ以上にゴールを奪い返せばいい、という哲学を貫いてきた。それゆえにマリノスの試合はいい意味でも悪い意味でもエキサイティングで、「見ていて面白い」と評価されることが多かった。ところが今年は無闇にリスクを冒さず、終盤には時間稼ぎだってする。理想よりも現実に目を向け、より確実に勝利を手繰り寄せようとする姿勢をホーランド監督が持ち込んだ。
選手たちは「まだ手探りの状態」だと口々に語る。どんな状況でもゴールに向かっていくことに慣れていた彼らは、新指揮官が求めるリアリズムとの間にギャップを感じているようだった。
象徴的だったのは1点リードしていた熊本戦の1本目終盤、相手にPKを与えた場面だ。5年ぶりにマリノス復帰を果たしたGK朴一圭は、シャドーの位置から降りてきた遠野大弥への縦パスを狙った。すると遠野は相手のマークをかわしきれず、ボールを奪われてカウンターを喰らってしまう。結局、ゴール前の混戦の中でファウルが起こり、熊本にPKで同点に追いつかれた。

1本目が終わった直後、ロッカールームではホーランド監督が朴のプレー判断に疑問を投げかけた。公式戦であればリードしてハーフタイムに入れたはずなのに、わざわざリスクを冒す必要があったのか? というのがイングランド人指揮官の考えだった。
一方、朴は今後への可能性を拡げるためのトライをしたつもりだった。もしあのパスが通って遠野が反転できていれば、一気にチャンスへとつながっていくはず……お互いに同じイメージを描けている確信があり、キャンプ中の練習試合だからこそできることという考えのもとで縦パスを選んだ。
もちろんホーランド監督はトライすること自体を否定しているわけではない。ただ、プレシーズンキャンプ中の練習試合だったとしても「勝利にこだわること」を忘れてはならないというのが、彼の考え方だった。チームとしての約束事や練習で取り組んできたことを表現しながら、新しいトライもして、同時に公式戦と同じレベルのゲームマネジメントも要求していたのである。
朴は「今日あのトライをして失点があったから監督もそうやって僕らに伝えてくれた。それがなかったらどこまで攻めたトライをして、どこで割り切るのかというのがわからないままだったと思います」と語る。
ホーランド監督から「勝っている状況で折り返せたのだから、わざわざ難しい状況を作るのではなく、もっとシビアに判断してほしい。勝つことが大事だから」と伝えられたことで、マリノスの選手たちに新たな共通認識が生まれた。かつてのアタッキングフットボールを知る朴も「何が良くて、何をして欲しくないのか、僕は監督のことをもっともっと知りたいです。その一部を知れた今日は、めちゃめちゃ大きな進歩だったなと思います」と、思わぬ収穫に目を輝かせる。
チェルシーやイングランド代表など世界のトップレベルで始動経験を積んできたからこそ、1点の重みを深く理解しているのだろう。ホーランド監督は熊本戦の3本目が始まる前にも、出場する選手たちに「相手がJ2のクラブだろうと勝ちにこだわるんだ」と強調した。そして最終盤に「頭を使っていこう!」という指示が出て、1点差の勝利へとつながっていく。

セットプレーや細部への強いこだわり
熊本との105分間を見た上であらためて感じたのは、新監督が目指す「アタッキングフットボール」はこれまでと全く違うアプローチで作られていこうとしているということだ。……

Profile
舩木 渉
1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。