
日欧ポジショナルプレー進化史。「人を基準にした守備」に対抗するペップ、スロット、シャビ・アロンソの異なる3つの回答
ポジショナルプレー3.0の胎動#4
ポジショナルプレー1.0をペップ・バイエルン時代の偽SB+5レーンの攻撃配置とすると、2.0はそれに対抗する5バックで横幅を埋める「ポケット封鎖」の守備配置であり、現在そこからさらに「ゾーンの間」を消滅させるマンツーマンプレスへと発展している。守備の進化の先にある3.0の胎動を読み解く。
第4回は、らいかーると氏にすでに現象として現れているポジショナルプレー派閥の「マンツーマン=人を基準にした守備」への次の一手を分析してもらった。過去を辿ることから始まり、現在へと至る過程で見えてきたペップ・シティ、スロット・リバプール、シャビ・アロンソ・レバークーゼンによる異なる3つの回答とは何なのか?
ミシャ式とミラーゲームは日本の日常だった
日本でポジショナルプレーの萌芽が見られたのは意外に早く、まずは可変システムという形が注目されました。サンフレッチェ広島時代のミシャ式(ボール保持は[4-1-5]、ボール非保持は[5-4-1])が多くの人に知られている形ではないでしょうか。3バックにセントラルハーフが加勢する形で4バックに変化し、本来は3バックの両脇に位置する選手(主に槙野智章と森脇良太)が攻撃参加を繰り返す姿は、多くのチームに特別な対策を強いるものとなりました。
[4-4-2]をボール非保持の基本とするチームも、守備の基準点、誰が誰のマークをするかを明確にするために5バックを採用することが増えていきました。相手の配置に揃えて自分たちの配置を設定し、相手とほぼ同じ形を採用することをミラーゲームと呼びます。余談ですが、アントニオ・コンテ時代のユベントスの[3-1-4-2]に対応するために、セリエから4バックがほとんど消えたことは今や都市伝説のように語り継がれています。少し侮られる傾向にある配置噛み合わせ論ですが、相手の配置に噛み合わせる設定が面倒になり、マンマークが流行している現状を考慮すると、まだまだ捨てたものではないという現実もあります。
欧州を眺めてみると、可変式を目撃した最初の記憶はラファエル・ベニテス時代のリバプールで、セントラルハーフの片方の選手がCBの間に降りる形でした。SBをウイング化することで、4バックから3バックへの変化が特徴となります。主に移動を担当していた選手は現在ではレバークーゼンの監督であるシャビ・アロンソです。フットボリスタの読者の方々ならご存知でしょう。いわゆるサリーダ・ラボルピアーナですね。
その後のサリーダ・ラボルピアーナは様々な派生形を持つようになってきました。例えば、片方のSBだけが上がり3バックを形成する。もしくはインサイドハーフが攻撃参加したSBの位置に降りてくる。このような可変式の狙いは配置的優位性を持って、自陣でのボール保持の安定、ビルドアップの出口を作ることを目指しています。かつてのサッカー界では、ボール非保持の状況において、初期配置から選手を動かすことをあまり好んでいませんでした。相手に合わせて自分たちの立ち位置を変更してしまうと、ボールを奪った時に自分たちが得意とするプレーエリアからいなくなってしまっていることが多いからです。
可変式で見逃していけない点が、配置的優位性だけを目指したものではないことです。ロングキックの精度が高いシャビ・アロンソが降りてゲームメイクしていたように、トニ・クロースも列を降りて相手のプレッシングの届かないエリアでボールを持つことを好んでいました。彼らは長短のパスで相手を困らせることができる選手たちです。移動してボールを受けてもその選手がその位置で何ができるかは超重要事項です。つまり、誰に時間とスペースを与えるか?の設計が抜け落ちてしまえば、可変式で時間とスペースを得てもあまり意味はありません。
SBがウイング化することで、内側への移動を許されたサイドハーフたちはライン間で活動することやストライカー仕事を求められるように進化していきます。すると、相手はゴール前を固めるようになっていきます。可変式によってハイプレッシングははまらないし、自分たちの配置の急所に相手は選手を配置してくるわけです。「ゴール前で待っています作戦」を相手が採用することは理にかなった行動と言えるでしょう。サイドよりも中央を分厚く守るチームが増えていくことで、大外レーンで何ができるかが求められる時代になっていきました。
「位置」から「役割」へ。SBの移動が世界を変える
時代は大外にはわかりやすい質的優位を求める傾向が強くなっていきます。
しかし、自陣での優位性を維持するために可変する選択肢を残しておきたい。その両方を叶えることになった移動が「偽SB」です。バイエルン時代のペップ・グアルディオラによって実現したダビド・アラバがSBとセントラルハーフを行ったり来たりする移動によって、大外にアリエン・ロッベン、フランク・リベリーらウイングの選手をそのまま起用することができるようになりました。
偽SBは相手のカウンターを止めるために考えられたと言われていましたが、実際にはビルドアップの面で猛威を振るいました。SBが突然にセントラルハーフになることで相手の守備の基準点は乱れ、中盤に移動するSBについていけば、ウイングへのパスラインができるからくりになっています。基本的には片方のSBが中盤化することが多かったものの、現代では両SBがその気になれば中盤化できる選手が求められています。アーセナルがユリエン・ティンバーとリッカルド・カラフィオーリを揃えたことで、ビルドアップの形における変数を増やしていることは現代サッカーを象徴するスカッドになっています。
バイエルン時代のグアルディオラは、対戦相手によって、自分たちの配置を目まぐるしく変化させることで有名でした、当時の解説者いわく、バイエルンだけは試合が始まらないと全体の配置がわからない。全体の配置をスタメンから考えてもほとんど意味がないと嘆いていたことをよく覚えています。この時代から位置よりもそのエリアに与えられた役割が重要だという声を聞くようになりました。ただし、その言葉を本当の意味で実感するにはもう少し時計の針を進める必要があります。
席巻するペップ・シティの[3-2-5]、対策の[5-3-2]が定番に
バイエルンからマンチェスター・シティに移動したグアルディオラは、紆余曲折を経て[3-2-5]の発明に成功します。猫も杓子も[3-2-5]の時代は今もまだサッカー界の中心にあると言っても過言ではないでしょう。……

Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。