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北海道コンサドーレ札幌とビエルササッカーの「オールコートマンツーマン」

2023.06.16

Jリーグと欧州サッカーの戦術的符合#2

世界中のサッカー映像が簡単に見られるようになった現在、欧州サッカーのトレンドは瞬く間に世界中に波及するようになった。もちろん、Jリーグも例外ではない。目の前の試合に勝つために「対策」を繰り返していけば、おのずと行き着く答えは同じ。ポジショナルプレーへの対抗策としてマンツーマンハイプレスを採用するチームが増えれば、それに対するビルドアップの外し方も研究されていくことになる。今特集では「Jリーグと欧州サッカーの戦術的符合」と題して、Jクラブの戦術(の一側面)と合致する欧州クラブを探してみたい。#2は、今季ここまでJリーグ最多得点を誇る北海道コンサドーレ札幌の「オールコートマンツーマン」の根源にある、ミシャとビエルサに共通する「信念」について考えてみたい。

可変システムに対する「必然の回答」

 J1の折り返し地点、トップ3は横浜F・マリノス、ヴィッセル神戸、名古屋グランパスだが、この3チームを上回る最多得点が北海道コンサドーレ札幌。17試合で38ゴールを叩き出している。一方、失点も多くて多い方から3番目。順位は目下のところ8位だ。

 小柏剛、浅野雄也、駒井善成、金子拓郎、ルーカス・フェルナンデスのアタックラインが猛威を振るっている。さらに後方からもどんどんゴール前に出ていく。この積極的な姿勢は守備も同じで、数年前からマンツーマンで前から抑え込んでいくアグレッシブさが特徴になっている。

J1第17節終了時点でチーム内得点王タイとなる8ゴールを記録している浅野雄也。すでにキャリアハイは更新しており、今季はどこまでこの数字を伸ばすことになるのか

 マンツーマンは捕まえ切ってしまえばプレスの強度は最高だ。高い位置で奪い返しての攻撃の継続がミハイロ・ペトロヴィッチ(ミシャ)監督の狙いだろう。しかし、しばしばDFラインが同数になるため、1対1で負ければたちまち大ピンチになり、単純なロングボールからこぼれ球を拾われただけで相手の決定機にもなってしまう。攻撃力と引き換えに構造的な守備の脆さがあるわけだ。

 今季、欧州ではミランがマンツーマンの守備に切り替えていた。

 ミランといえば1980年代後半にアリーゴ・サッキ監督が、当時のイタリアでは珍しかったゾーンディフェンスを導入し、高い位置でのプレッシングと組み合わせた画期的な戦術のパイオニアとして知られている。そのミランがマンマークというのも隔世の感があるが、戦術の流れに対応した結果としてそうなっているのだろう。ポジョナルプレーの浸透と、ビルドアップ時の可変にどう対応するか。マンマークは1つの答えだ。

 ジョセップ・グアルディオラ監督率いるバルセロナが飛ぶ鳥を落とす勢いだった頃、アスレティック・ビルバオがドローに持ち込んだ試合があった。マルセロ・ビエルサ監督はマンマークでバルサの流動性とパスワークに対抗していた。マンマークにしてしまえば可変に惑わされることはない。リスクも大きいが、引かずに戦いを挑むビエルサの姿勢にグアルディオラ監督も称賛を惜しまなかった。当時はまだポジショナルプレーという言葉もなく、攻守で可変するチームもほとんどなかった。バルサのパスワークに対しては撤退して「バスを置く」他なかった中で、引かずに挑んだ最初のケースだったかもしれない。

スペイン時代に対戦したビエルサ(左)、グアルディオラ(右)の両指揮官はイングランドのプレミアリーグで再会を果たした

 Jリーグで初めて、いや世界でも先駆け的に可変ビルドアップを行ったのがサンフレッチェ広島を率いたミシャ監督だった。対戦相手は「ミシャ式」に対して、やはり当初は撤退するしかなかったが、やがていくつかの対策が出てきている。その1つがマンツーマンだった。可変に惑わされず、かつ引かずに戦いたければ、マンツーマンという答えに行き着くのは欧州でも日本でも変わらない。ポジショナルプレーがデフォルト化した現在、ミランがマンツーマンを採用したのも同じ理由だろう。

「ミケルスのアヤックス」を受け継ぐ者たち

 札幌でミシャ監督がマンツーマンに踏み切ったのは、もちろんかつての意趣返しということではない。しかし、ピオーリのミランのような可変システム対策ともまた趣を異にしている。ミシャの真意はおそらくビエルサと同じである。……

Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。