佐藤龍之介が挑むバレンシアの現在地。コルベラン監督の戦術、“戦う集団”で求められる役割を徹底解剖
サッカーを笑え #72
7月7日にFC東京から移籍金400万ユーロ(約7億2000万円)、5年契約でバレンシアに加入した佐藤龍之介。かつてスペイン屈指の名門として知られたクラブは今、どんな状況にあり、どんなサッカーを志向しているのか? そしてプレシーズン、19歳の日本人アタッカーがさっそく高評価を得た理由とは? 8月22日にリーガ開幕戦を迎えるチームの戦術的ポイントを解説する。
やるべきことを全力でやっている。ただ、力が足りないだけで
佐藤龍之介の加入で久しぶりにバレンシアのことを思い出した、という人も多いだろう。まず佐藤がどんなクラブに入ったのかを知ってほしい。
あのピーター・リムはオーナーであり続けている。「LIM OUT」(リム、出て行け)をスローガンとしたファンの抗議活動はもはや風物詩の感があるが、状況は変わっていない。いや、むしろ悪くなっている。2014‐15シーズンにシンガポールの実業家リムがバレンシアの大多数の株を取得してから12シーズンが終了したが、欧州カップ戦に出場したのは3回に過ぎず、2019‐20を最後に今季も含めて7シーズン連続不出場のワースト記録を更新した。『Transfermarkt』によると選手の市場価値総額ではリーガ10位、ラ・リーガの定める年俸の上限額では8位、昨季のリーガ順位は9位(勝ち点49)なので、このあたりが現在地と見ていいだろう。
今季はリーガの8チームが欧州カップ戦の出場権を得ているので「ヨーロッパまであと一歩だった」と言えるが、同時に降格圏とも7ポイント差でいつものように冷や汗をかいた、とも言える。かつて、リーグ優勝争いとCL、ELの常連だったのがリムがやって来て以降低迷しているのは事実で、リムの資金援助が無ければ財政悪化でクラブ消滅の危機にあったのも事実なのだが、地元の空気は刺々しいまま。新スタジアム(ノウ・メスタージャ)が来年の夏オープン予定という明るいニュースもフロントとファンの亀裂を埋めるにはほど遠い。グラウンド外の話はここまで。
チームに目を向けると、選手の顔ぶれは欧州カップ戦のライバルになるだろうソシエダ、ベティス、アスレティック・ビルバオと比べて見劣りする。特に右SBは信頼できるフルキエの控えがおらず、右ウインガーは十字靭帯断裂のディエゴ・ロペスに加えて、孤軍奮闘中だったリオハまでケガをして開幕絶望とあって、補強が不可欠。地元メディアによると“先に売却しないと買えない状態”らしいが、それが本当なら欧州出場権獲得に早くも赤信号が灯る。プレシーズンの親善試合で直近の3試合、レギュラーチームの一員として先発した佐藤は開幕スタメンだと思うが、そのうれしいニュースは苦しい台所事情の裏返し。久保建英でさえレギュラーが保証されていない今季のソシエダとどうしても比べてしまう……。

GK:①ストレ・ディミトリエフスキ
DF:②ディミトリ・フルキエ、③セサル・タレガ、④ジャスティン・デ・ハース(ムクタル・ディアカビ)、⑤ホセ・ガジャ(ヘスス・バスケス)
MF:⑥フィリップ・ウグリニッチ、⑦ぺぺル(ギド・ロドリゲス)、⑧?、⑨ハビ・ゲラ(ダニ・ラバ)、⑩佐藤龍之介(アルナウト・ダンジュマ)
FW:⑪ウーゴ・ドゥーロ(ダンジュマ、ウマル・サディク)
負傷者:右SBフルキエ(※復帰間近)、CBホセ・コペテ、右WGルイス・リオハ、右WGディエゴ・ロペス
そんな中にあって、カルロス・コルベラン監督が2024‐25の途中就任から1シーズン半を無事全うしたことは大きなアドバンテージである。実力不足という点を抜きにしてみれば、コルベランのバレンシアは戦術が一貫していて、見ていて気持ちがいい。例えばレアル・マドリーは前線がプレスに行くのに後ろが行かないとかその逆とか、秩序がなくて気紛れで「何で行かないのか?」なんて見ていてもストレスが溜まるのだが、コルベラン率いるチームにはそれがない。全員がきちっと監督の指揮の通り動いているのが伝わってくる。誰が出ても――巧拙の差はあるものの――同じことを必死にやっている。例えばFWのウーゴ・ドゥーロは格で言えばナンバーワンの選手だと思うが、新人の佐藤と同じくらい、時にはそれ以上に走っている。アルゼンチン代表でメッシが走っているようなものなので、ドゥーロが走っているのに佐藤が走らなくていいわけがない。
監督がチームを完全に掌握していて、選手の方も監督を信頼していてモラルの高さが伝わってくる。さぼる人間が排除された、まさに戦う集団という感じだ。負けるのは力不足のせいで、プロ意識や規律の欠如、あるいは戦術の不徹底のせいではないという潔さがいい。つまり、コルベランのバレンシアはやるべきだと信じていることを全力でやっている。ただ、力が足りないだけで。
佐藤がクリアした“アグレッシブに守備ができる”という大前提
コルベランのスタイルはまず守備から語るべきだろう。ドゥーロや佐藤のようなアタッカーが攻撃時に走るのは当たり前、相手ボール時=守備時に走っているからこそモラルや規律が高評価される。
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。
