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トゥヘルが仕掛け、エスカローニが上回る。アルゼンチンの逆転劇を呼び込んだ「右サイドの再設計」

2026.07.17

【特集】北中米W杯深掘り分析スペシャルレビュー #16

4年に1度のW杯は、後世に語り継がれる名勝負の宝庫だ。しかし高度化した現代サッカーの裏側には、徹底した分析と綿密なシミュレーションに基づく極限の戦術的駆け引きが存在する。footballista編集部が選んだ識者たちが、注目国同士による「本気の闘い」を深掘りレビュー。あの90分で何が起きていたのか。勝敗を分けた戦術の妙に迫る。

第16回は、準決勝のアルゼンチン対イングランド。最初に主導権を握ろうと仕掛けたのはトーマス・トゥヘル率いるイングランドだった。[4-2-4]風のハイプレッシングとハリー・ケインを起点にしたロングボールで先手を取る。しかしリオネル・エスカローニは、ジュリアーノ・シメオネとナウエル・モリーナを軸に右サイドの構造を作り替え、リオネル・メッシを中心とするクロス攻撃へと接続。イングランドを押し込み続け、ついには逆転へと導いた。トゥヘルの準備を上回ったエスカローニの修正力を、90分の変化から徹底分析する。

最初に仕掛けたトゥヘル。[4-2-4]風ハイプレッシングの狙い

 最初に仕掛けたのはトーマス・トゥヘルだった。

 試合開始からイングランドはハイプレッシングを実行する。その設計は[4-2-4]の雰囲気で相手にプレッシングする、プレミアリーグの香りが強いもの。1トップのハリー・ケインはアンカーのレアンドロ・パレデスをマンマークで抑え、トップ下のジュード・ベリンガムは状況に応じて捕まえる相手を変更していた。クリスティアン・ロメロとリサンドロ・マルティネスの両CBへのプレッシングは、アンソニー・ゴードンとモーガン・ロジャーズのウイングコンビが背中でSBへのパスコースを制限しながら行う。

 そんなプレミアリーグではお馴染みの景色を見て、マンマークの難しさを実感する。スイスはリサンドロ・マルティネスに人を当てて抑え、ハイプレッシングとの合わせ技でアルゼンチンから地上戦を奪い切ることに成功したが、イングランドはそこまでハイプレッシングに全てを懸ける様子ではなかった。

 そのプレッシングの特徴は、他に挙げるとすればロジャーズが果敢にリサンドロ・マルティネスにプレッシングに行くという設計になっていたことだろう。その背後の左SBニコラス・タグリアフィコには対面の右SBリース・ジェームズがダッシュで寄せ、左ウイングのフリアン・アルバレスには右CBジョン・ストーンズが飛んでくる形になっていた。右サイドは負荷が少し強めになっていたのは見逃せない点で、スイスの発想とのつながりが垣間見える。リサンドロ・マルティネスが厄介であることは世界各国の共通認識になっているのかもしれない。

パレデス降下でプレッシングを無効化。アルゼンチンが圧力を外した仕組み

 ボール保持では明確に[4-3-3]を意識する立ち位置を取るイングランドに対して、アルゼンチンは[4-1-4-1]で対抗した。アルバレスが左サイドハーフを熱心にこなしている姿に少し違和感を覚えながらも、[4-3-3]の特徴であるサイドでのトライアングルアタックを止めるために人員を揃えるという意味では、アルゼンチンの陣形は論理的な選択となった。

 アルゼンチンのファウルを辞さない球際バトルは、南米らしさに満ちあふれていた。特にスタメンに抜擢された右ウイングのジュリアーノ・シメオネは、一家のDNAを示すかのような激しいプレーを連続。父ディエゴとはポジションも違うのに、その面影が重なるのは逃れられない運命に追われているかのようだった。現代の世界にシメオネ父がいたら、ジュリアーノのように何度もスプリントしていたかもしれない。

 アルゼンチンの激しさは、ファウル判定の基準が少し曖昧なプレミアリーグの選手たちが中心のイングランドをも驚かせている。開始4分で全員が集合する揉め事が起きていたのは笑ってしまった。その後にアルゼンチンのファウル判定が急に減っていったことは、決して気持ちが入りすぎているわけではなく、実は冷静であったということを証明する現象だった。

 激しさとは裏腹にアルゼンチンのプレッシングの配置は、局面によってころころ変更された。イングランドのゴールキックでの再開に対しては[4-3-1-2]、ミドルプレッシングや自陣では[4-1-4-1]、ハイプレッシングに移行する時は[4-4-2]と、綿密な計画を見て取ることができる。

 ボール保持でもパレデスが早々にCBの間に下りることで、3バックへ変化。ケインを中央に固定し、CBコンビを攻撃の起点とするように変更する。そこにゴードンたちが寄せたいが、インサイドハーフのアレクシス・マカリステルとエンソ・フェルナンデスの現れてはいなくなる立ち位置の変化と、SBにボールを逃がすアンカー仕草にイングランドは苦しんでいくようになる。また、CB同士のパス交換が外切りプレッシングのトリガーになることが多いが、パレデスの存在がその糸口をわかりにくくしたことも渋い好プレーであった。

 9分が経過するとイングランドはハイプレッシングをためらうようになり、試合のテンポはゆっくりとしたものに変化していく。マカリステルとエンソ・フェルナンデスの立ち位置の変化の巧みさは、右セントラルハーフのデクラン・ライスとベリンガムがどこまでついてくるかを観察している点だった。マンマークではないイングランドなので、例えば右に配置されたマカリステルが斜めに下りていくと、ベリンガムはどこまでついていくべきか迷いを見せていた。

ケイン出口のロングボール。イングランドの先制点につながる形

 アルゼンチンの日常の変化に対して、イングランドも準備してきたことを発揮し始める。相手の[4-3-1-2]のプレッシングに対して、アンカーを挟み込むことでビルドアップをスムーズにしたスイスの亜種のような形で対抗。左セントラルハーフのエリオット・アンダーソンの周りに顔を出したのは、まさかのケインだった。

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Profile

らいかーると

昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。

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