エリオット・アンダーソン(イングランド):ライスの相棒は英4部で奇跡を起こした“ジョーディ・マラドーナ”。祖父、母ら家族の想いも胸に夢のW杯へ
【特集】北中米W杯で輝く次世代スターの軌跡 #6
エリオット・アンダーソン(イングランド代表)
エンドリッキ(ブラジル)、アルダ・ギュレル(トルコ)、アレクサンダル・パブロビッチ(ドイツ)、ビクトル・ムニョス(スペイン)、ラヤン・シェルキ(フランス)、ジュリアーノ・シメオネ(アルゼンチン)、エリオット・アンダーソン(イングランド)――ロシア大会で数々の記録を塗り替えながら、当時19歳でフランスの20年ぶり優勝を牽引したキリアン・ムバッペのように、初出場のW杯で主役の座へと駆け上がり、次のサッカー界を背負っていくU-23の新星は誰か? そして彼らの世界を驚かせる才能は、一体どのような「環境」と「育成」で磨かれてきたのか? 北中米大会で輝くであろう、次世代スターたちの軌跡をたどる。
第6回は、イングランド代表の中盤でデクラン・ライスとコンビを組む、ノッティンガム・フォレストのエリオット・アンダーソン。前所属ニューカッスル時代の修行先、英4部のブリストル・ローバーズで奇跡を起こした“ジョーディ・マラドーナ”は、祖父、母ら家族全員の想いも胸に夢のW杯へ臨む。
60年ぶりのW杯制覇を目指すイングランド代表において、北中米大会で世界へその名を知らしめる存在として大きな期待を背負うのが、ノッティンガム・フォレストのエリオット・アンダーソンである。
23歳の彼がイングランド代表デビューを果たしたのは、わずか9カ月前。それ以降も継続的に代表へ招集されているものの、現時点での通算キャップ数はわずか9。国際舞台での経験は決して豊富とは言えない。しかし、トーマス・トゥヘル監督からの信頼はすでに絶大であり、本大会でも多くの試合で先発を任される可能性が高まっている。
本稿では、アンダーソンのプレースタイルを紐解きながら、その生い立ちやこれまでのキャリアを振り返る。そして、そのパーソナリティやW杯に懸ける思いにも迫っていきたい。
3項目でプレミアトップ。スタッツも圧倒的な現代型の万能MF
アンダーソンは、まさに現代型ボックス・トゥ・ボックスMFの理想形といえる存在だ。守備強度、推進力、創造性を高次元で兼ね備え、ボール奪取からラストパスまで、中盤に求められるあらゆる役割を遂行できる。その万能性は際立っており、目立った弱点は見当たらない。
トップチームデビューを果たしたニューカッスルでは、トップ下や左ウイングなど、より攻撃的なポジションで起用されることが多かった。しかし、2024-25シーズンに加入したノッティンガム・フォレストでは、ダブルピボットの一角としてプレーする機会が増加。より守備的な役割を担うようになった。
このコンバートは結果的に大成功だった。守備面での能力や戦術理解度の高さがあらためて評価されるとともに、もともと持ち合わせていた攻撃性能も損なわれることはなく、アンダーソンのプレーの幅をさらに広げることになっている。現在の活躍は、このポジション変更によって引き出されたと言えるだろう。
彼の最大のセールスポイントは、圧倒的なデュエルの強さとボール奪取能力にある。直近2025-26シーズンのデュエル勝利数は297回でプレミアリーグ全体トップ。ボール奪取数も309回を記録し、2位に96回もの差をつけて首位に立っている。中盤のフィルター役として抜群の存在感を発揮していることが、数字からも明らかだ。
さらに、アンダーソンの価値はボールを奪うだけにとどまらない。ボール奪取後には自ら持ち運んで局面を前進させることができ、ドリブル成功数95回はセントラルMFとしてリーグ最多。また、ラインブレイクパスも376回を記録し、こちらも同ポジションでトップの数字となっている。
そして何より特筆すべきなのが、その驚異的な運動量だ。こうした攻守両面でのハイレベルなプレーを90分間継続し、さらにシーズンを通して維持できる選手はそう多くない。
フォレストではシーズン中に4人もの監督が指揮を執る激動の環境にありながら、プレミアリーグ38試合中37試合で先発出場し、全試合出場を達成。総走行距離411kmは、エバートンのジェームズ・ガーナーに次ぐリーグ2位を記録した。また、ボールタッチ数3300回は、CBが上位を占めるランキングの中で堂々のリーグトップ。攻守において彼が必要不可欠な存在だったことを物語る数字と言えるだろう。
こうしたスタッツを見れば、トゥヘル監督がデクラン・ライスの相方としてアンダーソンに大きな期待を寄せる理由も理解できる。一方で、大舞台でのプレー経験やA代表での実績はまだ十分とは言えない。だからこそ、最高峰の舞台で普段通りのパフォーマンスを発揮できるかどうかは、今大会を占う上でも重要な注目ポイントとなりそうだ。
シアラー、キャリックらを輩出した名門出身の優等生
ここからは、アンダーソンの生い立ちやこれまでの歩みを振り返りながら、そのパーソナリティやW杯に懸ける思いに迫っていきたい。
アンダーソンは、ニューカッスル近郊の海辺の街ウィットリー・ベイで生まれ育った。祖父は1960年代にニューカッスルでプレーした元プロフットボーラーであり、家族もまたセント・ジェームズ・パークのシーズンチケットを保有する熱心なニューカッスルファンだった。
そんな環境で育ったアンダーソンにとって、フットボールは幼い頃から生活の一部だった。週末の朝に学校のグラウンドで開催されていたフットボール教室へ参加したことをきっかけに、その魅力に夢中になっていく。
また、2人の兄とともに育った彼は、幼い頃から年上の子どもたちに混じってボールを蹴っていたという。身体的にも技術的にも優れた相手とのプレーを日常的に経験したことは、後にプレミアリーグ屈指の中盤へと成長する上で、少なからず影響を与えたのかもしれない。
アンダーソンが正式にフットボールキャリアの第一歩を踏み出したのは、5歳の時だった。地元の少年クラブであるウォールズエンド・ボーイズ・クラブに加入したのである。
同クラブは、プロクラブの数が限られるイングランド北東部において、ニューカッスルやサンダーランド、ミドルズブラのアカデミーに所属していない子どもたちの受け皿として機能してきた育成世代専門のクラブだ。
その育成力には定評があり、これまでに数多くのプロ選手を輩出。ニューカッスルの英雄アラン・シアラーや、マンチェスター・ユナイテッドのレジェンドであり現在は指揮官としても活躍するマイケル・キャリックをはじめ、その数は約100人にも及ぶ。アンダーソンもまた、そんな名門から羽ばたいた人だった。
ウォールズエンドで指導にあたっていたトレバー・トッド氏は、当時のアンダーソンについて次のように振り返っている。
「最初は、小柄な体格のせいで苦労するだろうと思っていた。でも、エリオットは3歳年下にもかかわらず群を抜いて優秀だったんだ。際立っていたのは判断力と、体格の大きな選手にも臆することなく立ち向かう勇気だったね。ウォールズエンドでは彼の兄ルイのチームも指導していたから、そこにエリオットも練習参加させていたんだけど、難なくこなしていたよ」
現在のアンダーソンといえば、激しいデュエルを厭わない一方で、常に冷静に状況を見極める知性派MFという印象が強いが、そうした資質は幼少期から備わっていたようだ。チームメイトを助けるために積極的に守備へ戻り、タックルに身を投げ出すプレーを得意としていて、シャツが泥だらけになっていることも珍しくなかったという。一方でゴールを決めても派手に感情を爆発させなかったりと、常に落ち着いた振る舞いを見せていたそうだ。
また、コーチを務めたニール・ライト氏は、ピッチ外で見せる並外れた姿勢にも強い印象を受けていた。
「他の子どもたちがふざけ合っている時でも、彼は『静かにしなきゃダメだよ』と注意していたんだ。エリオットは常に集中していて、僕の話に対して次々と質問をしてきた。あの年齢で、彼ほど熱心な子は他にいなかったよ」
アンダーソン自身も、ウォールズエンドで過ごした日々が自身の成長に大きな影響を与えたことを認めている。
「ニューカッスルに入る前、そこで2、3年プレーしていたんだ。ニューカッスルでも屈指の育成クラブで、誰もが憧れる場所なんだよ。指導のレベルも非常に高くて、少年時代の成長に間違いなく大きな役割を果たしてくれたと思う」
「そこからは多くのトップ選手が育っていて、イングランド代表選手も何人か輩出している。ただ、その後しばらく代表選手が出ていない時期もあったから、自分がその期待に応えられたらうれしいね」
地元の少年クラブで培われた向上心や、フットボールへの純粋な情熱は、プレミアリーグ、そしてW杯まで歩みを進めた今も決して変わっていない。
ニューカッスルでの異名は“ジョーディ・マラドーナ”
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Profile
Wassy
1994年生まれ、埼玉県出身。ハテム・ベン・アルファのドリブルに衝撃を受けニューカッスルサポーターに。現在はNewcastle United Japanの中の人として、Twitterを中心に情報発信している。YouTubeチャンネル「NUFC JAPAN TV」には深堀り解説動画も投稿中。
