沈黙を貫いたメッシ。6度目のW杯へ、アルゼンチン連覇へ「団結すべき時に生まれる“政治的”分断と論争」
EL GRITO SAGRADO ~聖なる叫び~ #27
マラドーナに憧れ、ブエノスアイレスに住んで35年。現地でしか知り得ない情報を発信し続けてきたChizuru de Garciaが、ここでは極私的な視点で今伝えたい話題を深掘り。アルゼンチン、ウルグアイをはじめ南米サッカーの原始的な魅力、情熱の根源に迫る。
footballista誌から続くWEB月刊連載の第27回(通算186回)は、36年ぶり3度目の優勝を成し遂げたカタール大会から4年、連覇を目指すワールドカップを前にアルゼンチン代表、そして38歳の国民的英雄を取り巻くピッチ外の問題について。
必ず国民に語りかけてきたキャプテンが今なぜ?
3月31日、ラ・ボンボネーラ(ボカ・ジュニオルスのホームスタジアム)でのザンビア代表との親善試合の後、リオネル・メッシは何も語らぬまま会場を去った。4日前に同スタジアムで行われたモーリタニア代表戦の後もノーコメントに徹した彼は、今回のアルゼンチン滞在中、結局一度も公の場で口を開かなかったことになる。
自身6度目となるW杯に向けて、連覇に挑む覚悟と意欲が相当なものであることは言うまでもない。また、ザンビア戦がメッシにとって母国のサポーターの前でプレーする最後の機会となる可能性も指摘されていた。それだけに、アルゼンチン代表のキャプテンとして、応援してくれる人々に何らかの言葉を残すはずだと誰もが期待していたが、彼は沈黙を貫いた。
一方ニコラス・オタメンディは、今年のW杯を最後に代表を引退する決意を明言しており、ザンビア戦ではメッシからPKを託され、それを確実に決めて母国で有終の美を飾った。試合後は「代表のユニフォームを着ること以上の喜びはない。母国でこのようにお別れできてとても幸せだ」とキャリアを締めくくるコメントを残した上、W杯に向けて「タイトルを守るために戦う」と力強く言い切った。それだけに、メッシの沈黙は一層際立っていたように感じられる。
メッシは2011年8月に代表のキャプテンに就いてからこれまで、試合後必ずメディアの前に姿を見せてきた。不甲斐ないゲームの後でも、チームがどんな状況にあっても、メディアを通じて母国の人々に飾り気のない率直な言葉で語ってきた。近年の例では、前回のW杯初戦で敗れた直後、アルゼンチン国民に向かって「僕たちを信じてほしい。このチームはあなたたちを見捨てたりはしない」と呼びかけた頼もしいメッセージが記憶に新しい。
そんなメッシがなぜ、よりによってこのタイミングで沈黙を選んだのか――その理由は、ザンビア戦後のミックスゾーンでロドリゴ・デ・パウルが語った言葉からうかがい知ることができる。母国での最後の試合を終えたメッシとオタメンディについて質問された彼は、次のように語っている。
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Profile
Chizuru de Garcia
1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。
