「昨季のままでは勝てない」樹森新体制の水戸が目指す“J1仕様”への進化
水戸ホーリーホック昇竜伝#6
J2の中でも少ないクラブ予算ながら一歩一歩積み上げてきた水戸ホーリーホックは、エンブレムにも刻まれている水戸藩の家紋「三つ葉葵」を囲む竜のように、J1の舞台へ昇る夢を叶えた。困難な挑戦に立ち向かうピッチ内外の舞台裏を、クラブを愛する番記者・佐藤拓也が描き出す。
第6回は、樹森大介新監督のもとで初のJ1に挑む新チームのキャンプから見えてきた方向性をレポートする。昨季新潟を率いた樹森監督はJ1の舞台をどう捉え、何をチームに加えようとしているのか?
Jリーグ参入26年目の昨季、悲願のJ2優勝を成し遂げ、J1昇格を決めた水戸。シーズン終了後、森直樹監督の昨季限りの退任とフットボールダイレクター(FD)就任が発表され、後任として選ばれた樹森大介監督のもと、水戸は歴史的なシーズンに挑むこととなる。
J1とJ2の最も大きな違いは「強度」
現役時代、03年から2年間、水戸で背番号10をつけて活躍を見せた樹森監督は、現役引退後の12年に水戸のユースチームの監督に就任。11年の間にチームを2度プリンスリーグに昇格させ、さらには5人をトップチームに昇格させる実績を残した。そして23年にトップチームコーチに就任。24年は森直樹監督のもと、攻撃面を担当して、下位に低迷して残留争いに巻き込まれていたチームを立て直して、残留へと導いた。
そうした指導力を評価されて、25年にJ1のアルビレックス新潟から監督就任する。Jリーグで監督経験がなく、J1チームでの指導経験のない樹森監督にとっては未知なる世界の戦いとなった。だが、結果的にその挑戦は成功したとは言い難い結果に終わった。リーグ戦4勝7分9敗という成績で19位に沈み、第20節後に解任されることとなってしまった。
ただ、樹森監督にとって、その6か月は「とてもかけがえのない経験ができた時間」だった。
「新潟はJ1の中では予算規模の大きなクラブではないのですが、サポーターの雰囲気や地域との関係など、J1のビッグクラブに値するようなクラブでした。そのクラブで監督を務められたことは、自分にとって大きな経験になりました」
J1の舞台で味わった経験のすべてを水戸に還元する。そうして「水戸旋風」を巻き起こして、チームをJ1に定着させることを自らの使命と受け止めて、水戸に戻ってきた。
新潟時代、J1とJ2の差を最も感じたのは「強度」だった。技術力の高い選手の多いJ1はポゼッションするスタイルのチームが多いというイメージを持っていたが、昨季はコンタクトプレーに対する許容度を上げる判定基準に変わったこともあり、プレー強度を意識したチームが増え、「ポゼッションするスタイルのチームにとって分の悪いシーズンになったという印象がありました」と振り返る。さらに、フィジカル面を重視したチームが上位に行く傾向も感じた。
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Profile
佐藤 拓也
1977年生まれ。神奈川県出身茨城県在住のフリーライター。04年から水戸ホーリーホックを取材し続けている。『エル・ゴラッソ』で水戸を担当し、有料webサイト『デイリーホーリーホック』でメインライターを務める。
