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20年の時を越えリバイバル。ファッショントレンドの起源は東欧サポーター文化の情熱

2019.08.26

世界最大級のスポーツであるサッカーが、スポーツの枠を飛び越え社会に影響を与えていることは今さら言うまでもないだろう。今回はその一つにして最新の事例である、ファッショントレンドに着目。1990年代のソ連・ロシアのストリートファッションにインスパイアされ、現代に蘇ったデザインのルーツをたどると、その成り立ちにはサッカーサポーターやフーリガンが大きく関わっている。

 『月刊フットボリスタ』2019年1月号の付録カレンダーの表紙は、ジョセップ・グアルディオラ、ジョゼ・モウリーニョ、ルイス・エンリケ、ファン・カルロス・ブスケッツ(セルヒオ・ブスケッツの父)が並んでいる写真だった。1990年代のバルセロナを切り取った貴重な1枚。彼らのジャージ姿を見て思わず微笑んだ読者も多いだろう。ゆったりとしたサイズ、切り替えの多用やサイドライン、長いパンツの上にハーフパンツを履いた着こなし――。

 当時を知る世代にとっては懐かしさを覚えるジャージだ。ただ、ビッグシルエットやスポーツミックスの流行が続く現在のファッション界ではこうした1990年代のスポーツウェアを彷彿とさせるデザインが復活し、ハイブランドにまで波及している。

 そして、その流行の仕掛人として世界的な注目を集めているのが、デムナ・ヴァザリア(旧ソ連ジョージア出身/厚底ダッドスニーカーブームの火付け役である「バレンシアガ」のアーティスティック・ディレクター)や「コム・デ・ギャルソン」のサポートを受けて日本でも話題となったロシアのゴーシャ・ラブチンスキーといった、東欧のデザイナーたちである。

デムナ・ヴァザリア(左)とゴーシャ・ラブチンスキー。いずれも東欧からファッション界の寵児へと上りつめた(Photos: Getty Images)

 彼らの創作のルーツとなっているのは、自らが育った1980〜90年代のソ連・ロシアにおけるストリートファッション。東西冷戦やソ連崩壊を背景に西側とは一線を画す独特な流行が生まれた時代だ。

90年代、ソ連・ロシアで流行したビッグシルエットのジャージファッション

 そして、この国のサッカー文化の歴史を紐解くと、サポーターやフーリガンがファッションに少なからぬ影響を及ぼしていたことがわかる。

ストリートスタイルの体現者だったフーリガン

 ロシアで最初にサポーターのグループが出現したのは1970年代初頭のスパルタク・モスクワとされている。当時は公式の応援グッズなどなく、各自がチームカラーに合わせたボーダー柄のマフラーやセーター、帽子を身につけていた。祖母や母親、ガールフレンドなどに頼んで編んでもらった素朴なお手製である。マフラーは長ければ長いほど格好良く、4m以上のものを首に7周も巻いていた者もいた。

 その後、ペレストロイカによって西側の文化が少しずつ流入した1980年代半ばになると、エンブレムや文字が入った外国クラブのグッズを何とか入手できるようになる。特に英国サポーターは彼らのお手本だった。サッカーにまつわるサブカルチャーを綴ったウラジーミル・コズロフの著書『ファン』ではディナモ・モスクワサポーターの1人、ヴィクトルの回想が紹介されている。

 「80年代にはすでにディナモと同じ青と白をチームカラーに持つチェルシー、エバートン、シャルケなどのサポーターと交流があった。ディナモには自前のグッズがなかったから、彼らのものを代わりに使っていたのさ。俺はエバートンのキャップに、スコットランドのセント・ジョンストンのマフラー。あの頃、刺繍が施された英国のマフラーは奇跡のように珍しかったんだ」

 ソ連時代や1990年代のロシアでは外国製品は人々の憧れの的だった。1980年のモスクワオリンピックではソ連代表がアディダスを採用し、初めて西側のスポーツウェアが紹介された。アディダスは神格化され、ロゴや三本線を身につけることがステータスに。しかし、ほとんどの国民にとって正規品はあまりにも高価だったため、市場や商店では「アビバス」や「アデガス」といった主に中国製のコピー商品が大量に出回り、丈夫で機能的なジャージやスニーカーが普段着として爆発的に国中に広まっていった。

https://youtu.be/swNxLg6qthE
90年代に流行ったジャージのコレクターを取材したニュース映像。コピー品が山のようにあるが、昨今のブームにより高値で売ってくれという問い合わせが届いているという

 ビビッドな配色のジャージに革靴やハイヒール、ピンクや緑のタイツを合わせる不思議な組み合わせが日常的に見られ、アディダスの黒ジャージはマフィアの「ユニフォーム」として定着した。

あるフーリガングループの写真。見ての通り、先頭を切って歩く男たちがアディダスのジャージを身にまとっている

 そんな時代に正規品を手に入れ、街中で異彩を放っていたのが見た目に自分たちの存在意義を見出し、前述のように西欧からの入手ルートを開拓していたサッカーのサポーターたちである。ソ連崩壊前後になるとサポーターの中から過激なフーリガングループが出現。スタジアムや街中での喧嘩を生きがいにする彼らは目立たないようにチームカラーのグッズは避け、その代わりにお互いが仲間だとわかるように特定ブランドの服を着ていた。定番は英国サポーターの間で流行していた「バーバリー」「フレッドペリー」「ラコステ」「ストーンアイランド」など。ロシアでは正規店もなく誰も知らなかったこれらのブランド服を中古で探し、パンク、メタル、ヒップホップなどをミックスしたスタイルが生まれた。暴力沙汰ばかりが取り上げられがちなフーリガンだが、黎明期の彼らは新たなストリートファッションの体現者でもあったのだ。

https://youtu.be/N7Q82ohVtVI
ロシアのフーリガンを描いた映画「オーカラ フットボーラ」の予告編動画。多少現代風にアレンジされてはいるものの、90年代から続くフーリガングループのファッションの名残りがうかがえる

 2000年代の初めくらいまでだろうか、ロシアの人々は会話をしなくても着ているものでお互いを同胞だと判別できた。それほど当時のファッションは独特で、低迷する経済と混沌とした社会を反映していた。今振り返ればどれも恥ずかしくて自ら失笑してしまう着こなしがあふれているが、デザイナーによってそれが再構築され世界のトレンドの中心に躍り出ているのだから、流行とはわからないものである。

 昨年のロシアW杯開催時にゴーシャ・ラブチンスキーはアディダスとのコラボレーションでサッカーをモチーフにしたコレクションを発表。そこには情報も、物も、金も不足していた時代にサッカーの本場に憧れ続けたサポーターたちによる情熱の痕跡が確かに感じられた。

https://youtu.be/KKmAIc3N6T8
アディダスとコラボレートし話題となった、ゴーシャ・ラブチンスキーの2018春/夏コレクション。20余年の時を越え現代にリバイバル、一躍最先端トレンドとなった

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文化

Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。