SPECIAL

「試合の流れを読む」って何? ドイツ在住コーチが語る育成

2018.08.09

「ドイツ」と「日本」の育成

~育成を主戦場に活動する二人が日本の現状を考える~


日本の指導者たちは子どものために日々努力を重ねている。が、その努力は正しい方を向いているのだろうか? また、本当に子どもの成長へと繋がっているのだろうか? 日本サッカーはまだ発展段階にある。ならば昨今、どのカテゴリーでも結果を残しているドイツをはじめとする世界の育成にヒントを得てはどうだろうか。そうすれば「今自分が行っている指導を振り返る」キッカケになるはずだ。そこで指導者として、ジャーナリストとして、それぞれドイツと日本の育成現場にたずさわる二人が毎回あるテーマをもとに本音トークを繰り広げる。

8月のテーマ「試合の流れを読むって何?」


中野 吉之伴(ジャーナリスト/指導者)
木之下 潤(ジャーナリスト/チームコーディネーター)


4局面からチームの意図の達成度を測って原因を追求する


木之下
「8月のテーマは『試合の流れを読むって何?』です。すごく難しいテーマですが、まず何から話したらいいんでしょう。前提となるサッカーのゲーム全体の構図とか、メカニズムとか、そのあたりのことからですかね」


中野
「試合の流れを読むというと、すごくセンス的なものが必要な感じもしますが、試合の展開を予測して、相手の対応をあらかじめイメージして、そのための準備をして、それを微調整しながら実践に移すと捉えると段階分けして考えることができると思っています。

試合展開を予測するためには、サッカーにはどんな段階があるかを知り、そのうちのどの段階に今自分たちはいるのか、その段階の中で選択できる判断にはどんなものがあるのか、その判断をプレーに移すには何に気をつけないといけないのか。そういうふうに整理して理解していくことが求められるわけです。

そうすることで、サッカー全体の構図やメカニズムを把握できるようになれば、「試合の流れを読める」ようになるのではないでしょうか」


木之下
「どの段階にあるのか? ここが難しいですよね。当たり前ですが、ピッチを横分割にすると初心者の人たちにはわかりやすいかもしれません。自陣、中盤、相手陣内。自陣に近いとピンチだし、相手陣内に近いとチャンス、中盤だとどちらのチームがボールを持っているかで立場も変わります。

中野さんたちのような上級ライセンス保持者の指導者が『どうサッカーを見ているのか』はみなさん興味があるところです。そのイメージが少し共有できるだけでも、町クラブの指導者のみなさんは随分サッカーの見方が変わるんじゃないかな」


中野
「プライベートで見る時は特に細かく気にしません。ワーワーと言いながら観戦することも多いですけど、『どちらがゲームをコントロールしているか』『どのようにコントロールしようとしているか』は自然に気にしていますね。

試合の局面で考えると、『自分たちがボールをコントロールしている』『ボールが自分たちのコントロールから離れている』『相手がボールをコントロールしている』『ボールが相手のコントロールから離れている』の4局面に分けられますけど、それぞれの局面でどんなプランを持っているのか、例えば『自分たちメインで動こうとしているのか』、あるいは『相手の動きに応じて対応としているのか』『その割合は?』というふうに基準を持ちます。

攻守の切り替えと言っても、ボールが自分たちのコントロールから離れた時に、どの位置とどんな状況だったらすぐ奪い返しに行き、あるいはすぐに帰陣するのかというのが整理されていないと、チームはうまく機能せず、相手に不要にスペースを与えてしまうことになる。ドイツはワールドカップでグループリーグ敗退だったわけですが、このあたりのバランスが整っていなかったのが正直なところです。

また、共通イメージの中で『相手がボールを持っているけど背中を向けているから奪いに行けるチャンス』という場面があったとしても、実際にそこでボールを取り切ることができないとなると、リズムをつかむことができない。狙い通りのプレーが狙い通りにできるためには、選手のパフォーマンスが発揮されることが大事ですし、その前提としてコンディションが心身ともに整っていないといけない。

どこが欠けているのか、あるいはすべてが少しずつ欠けているのか。それによっても修正の仕方は違ってきます。戦術的な修正でチームが持ち直すこともあれば、メンタルを落ち着けたり持ち上げたりするアプローチでガラッと空気が変わることもある。

試合の中でどの局面を重要なところとして取り出し、どういった理由でそうなったのかの答えを見つけ出し、それを解決するために必要な手段は何なのか。監督側からも、選手側からもその取り組みと調整は必要でしょうし、だからこそ私はそのプロセスの部分を特に興味深く見ています」


木之下
「ゲームの流れ、と考えると自分たちのプランがどの程度うまくいっているのかが基準になるんですかね? 単純に4局面に対してできていることとできていないことは把握できるので、その中でうまくいかないことを整理し、どう修正するのかでゲームの流れは大きく違います。それはわかるのですが、どうやってそれを身につけたらいいんだろうと初心者コーチは悩むところです。

本当はいろんなカテゴリーの試合を見て、それらで感じた情報を自分なりにかけ合わせ、組み合わせながら試合の流れの読み方を身につけたらいいわけですが、町クラブの育成指導者はモチベーションやサッカーにかける時間など様々です。やっぱり毎試合テーマを持って選手とともにアプローチし、トライ&エラーを繰り返すしかないんですかね? ここで戦術的な知識があればその成長度合いはもっと早まるとも思うのですが」


中野
「最初から全部を細かく見る必要はなく、少しずつ整理していくことが大事です。試合の流れを読めるようになるための大事な要素は『フィードバックできる場所』、つまり『実践』です。ここでいう実践とは指導者としての実践ではなく、自分でプレーするということです。頭の中に入れた知識をプレーの中で判断していく。それがどんな意味を持つことなのかを身をもって感じていく。

日本でも若い指導者の方が増えてきている印象がありますが、自分がプレーする環境もぜひ持ってほしいと思っています。友だちや知り合いとボールを蹴り合う試合環境ではなく、できたらどんなレベル、カテゴリーでもいいので年間リーグ戦のあるチームでプレーしてほしいですね。選手として求められるものを自分がプレーすることで経験として積み重ねるべきだと考えています。

私自身は39歳まで現役でプレーしていましたが、指導者として様々な講習会で得たものを自分のプレーに還元する作用はものすごく楽しかったですし、すごく得がたい経験になっています。先日、日本に一時帰国した際にも知り合いの町クラブのコーチたちと一緒にプレーしましたが、わかっているようでわかっていないことということはたくさんあるわけです。口ではいくらでも言えても実際にプレーするのはどういうことかわかるようになれば、それを選手に伝える上で大きなメリットになります」


木之下
「確かに自分でやってみるのは大切ですし、実感が持てると指導の仕方も変わります。私も学んだことを試す場としても地域の社会人リーグに入っていますが、お父さんコーチ、サッカー未経験のコーチの場合はどんなアプローチができますかね? 難しいトレーニングも作れないし、難しいアドバイスもできません。ミニゲームなど少人数制サッカーをする場なら与えられると思いますが」


経験者と一緒にサッカーを通じて触れ合うことが重要


中野
「お父さんコーチといってもいろんな経歴がありますからね。サッカー未経験者でも、球技をやったことがある人なのかどうか、団体競技や団体活動に慣れ親しんでいるのかでも違います。

いずれにしても一つずつ引き出しを増やしていくことですね。まったく何も知らない人がいきなりすべてを網羅することはできないのですから、サッカーの試合の中で『今日はこのポイントだけ見よう』と決めて見る。例えば、チームAのボールロストの場所。どこでボールを取られること、失うことが多いのか。その次は、誰がそこに関わっているのか。相手がどんなふうに関わってきているのか。その次は、どんな理由から起こったのか。技術的なミスか、判断力か。

そうやって気になるポイントを一つずつ増やしていきながら、それぞれのポイントについて考えたり、調べたりしていく。攻めようとしていてボールを失ったのか。あるいは、相手から逃げようとしてボールを失ったのか。その違いとはなんだろうか。やったことがないからわからないというままでは、いつまでたっても何も変わりません。まずは動いてみる。

経験者とサッカーを観る。
経験者とサッカーをする。
経験者とサッカーの話をする。

そうすることでサッカーの楽しさ、奥深さに触れることができれば、ちょっとずつ自分で世界を築いていけるようになるのではと思います」


木之下
「そういうことを一つずつ考えることも大事です。私はそこから自分自身でアウトプットしてみることが初心者コーチやお父さんコーチには大切だと思います。

日本の、特にジュニア指導の現場をいろいろと見ていると、例えば1日のトレーニングを紙に書き起こして用意しているような指導者が少ないように感じています。事細かく書かなくても3対2でゴールを2つずつつけるとか、壁役の選手を一人ずつつけるとか、サイドにつけるとか簡単でいいので絵に描いて一言二言添えるだけでもいい。そういうアウトプットは必要だと感じています。

頭の中だけで完結できても、実際に紙に書き起こすとよりポイントが絞られるし、そうすると子どもたちへのアドバイスや練習テーマが明確になってトレーニングに入れると思う。確かに世のサッカーコーチたちが忙しい中で指導している現実も知っています。だからこそ世にあふれる情報を活用し、コピペして少しアレンジするぐらいでもいいんです。そうすると、指導者自身の成長スピードが上がると思います。

日本人はそういうのが得意だと思うので、そうやってグラスルーツ指導者たちがどんどんいいトレーニングを子どもたちにしてほしいと、私はジュニアの現場で実際に指導する者としても感じています。今は、中野さんのように海外で指導している人たちが様々な形で日本サッカーに還元していることが増えています。JFAからの情報を得なくても直接情報を得られる時代になっているので、うまくインターネットを使って自分なりの指導を形作ってほしいです」


中野
「そうですね。練習メニューを紙に自分で描くのは、私も毎回そうしています。ゲームに流れがあるように、練習にも流れがありますからね。

ゲームの流れに話を戻すと、サッカーでも何でも相手があって成立するゲームでは必ずしもいつも自分たちも思い通りに試合が進むわけではなく、相手の狙いにハマってしまう時間帯もあります。こちらの対応が相手にコントロールされている時間帯と言えます。ボールを取り切れずにセカンドボールもなぜか相手チームにばかり転がってしまう。

そうした時は一度陣形を整えてジッと耐えしのぐことが必要になります。気をつけるべきは完全に受け身になると相手の攻勢を跳ね返せないので、球際やマークに対する積極性は失ってはいけません。そのうち、相手のリズムがズレたり、遅れて来たりするタイミングがあるので、そこを逃さずにラインを少し押し上げてボールをコントロールできるようにしていく。

またお互いがやろうとすることを出そうとして、あるいはどちらもどうしていいかわからずにごちゃごちゃとして、どっちつかずの状態もなってしまうこともあります。育成年代だとよく見受けられるかなと思います。そうした時間帯には慌てずにボールを落ち着かせ、リズムをつかむことが大切になります。マイボールを大事にしてパスを回し、自分たちのポジショニングを修正する。そうした時間を作ることでボールタッチの時間がそれぞれ増えるし、どんなプレーをするべきだったか頭の中で整理し直すことができる」


木之下
「育成年代では、40分という時間の中で落ち着く時間帯を持てないチームは日本では多いと思います。やはり一人ひとりがボールに触れられるように足下のパスでボールを動かせば精神的にも落ち着く。そういうメンタル的な側面を配慮することも指導者として言葉にしてもいいかもしれません。

その結果的な遅攻からスピードアップして攻撃を仕掛けたら、それはリズムチェンジにも繋がるわけで。きっと自分たちがそういうサッカーを意識的に実行することを積み重ねるから相手のことを感じられるようになり、それが『流れ』を感じることに繋がっていくのかもしれません。練習から『ボールを大事にするパス回しの練習』と『いかに早く攻めるのかの練習』を両方経験させることが大事ですね。

今回も長々と終わりが見えなくなってきたので、言い足りないことがあれば補足とともに〆をお願いします」


中野
「育成年代だけでないと思いますよ。日本に帰って日本人とサッカーをすると、うまくいかない時に我慢をすることができないのか、うまくいってないのにそのまま何とかしようとします。優先順位を変更したり、次のやり方をするための時間が作れない。ただこれに関しては日本だけがそうというわけではなく、ドイツでもわからない人はわかりません。指導者にしてもそうです。プレー経験歴が浅い指導者ほどうまくいかない時の選択肢が少ないし、変更するのに時間がかかる傾向があるかなと思います」


【プロフィール】

中野 吉之伴(指導者/ジャーナリスト)
1977年、秋田県生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成年代指導のノウハウを学ぶためにドイツへ渡る。現地で2009年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU-15チームでの研修を経て、元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-16監督、翌年にはU-16・U-18総監督を務める。2013-14シーズンはドイツU-19の3部リーグ所属FCアウゲンでヘッドコーチ、16-17シーズンから同チームのU-15で指揮をとる。3月より息子が所属するクラブのU-8チームを始動する。2015年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行う。2017年10月より主筆者としてWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。

木之下 潤(編集者/文筆家)
1976年生まれ、福岡県出身。大学時代は地域の子どもたちのサッカー指導に携わる。福岡大学工学部卒業後、角川マガジンズ(現KADOKAWA)といった出版社等を経てフリーランスとして独立。現在は「ジュニアサッカー」と「教育」をテーマに取材活動をし、様々な媒体で執筆。「年代別トレーニングの教科書」、「グアルディオラ総論」など多数のサッカー書籍の制作も行う。育成年代向けWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の管理運営をしながら、3月より「チームコーディネーター」という肩書きで町クラブの指導者育成を始める。


■シリーズ『「ドイツ」と「日本」の育成』
第一回「育成大国ドイツでは指導者の給料事情はどうなっている?」
第二回「『日本にはサッカー文化がない』への違和感。積み重ねの共有が大事」
第三回「日本の“コミュニケーション”で特に感じる『暗黙の了解』の強制」
第四回「日本の『助けを求められない』雰囲気はどこから生まれる?」
第五回「試合の流れを読む」って何? ドイツ在住コーチが語る育成

■シリーズ『指導者・中野吉之伴の挑戦』
第一回「開幕に向け、ドイツの監督はプレシーズンに何を指導する?」
第二回「狂った歯車を好転させるために指導者はどう手立てを打つのか」
第三回「負けが続き思い通りにならずともそこから学べることは多々ある!」
第四回「敗戦もゴールを狙い1点を奪った。その成功が子どもに明日を与える」
第五回「子供の成長に『休み』は不可欠。まさかの事態、でも譲れないもの」
第六回「解任を経て、思いを強くした育成の“欧州基準”と自らの指導方針」
第七回「古巣と息子の所属チーム。年代もクラブも違う“二刀流”指導に挑戦」
第八回「本人も驚きの“電撃就任”。監督としてまず信頼関係の構築から」
第九回「チームの理解を深めるために。実り多きプレシーズン合宿」
第十回「勝ち試合をふいにした初陣で手にした勝ち点以上に大事なもの」
第十一回「必然だが『平等』は違う。育成における『全員出場』の意味とは?」

Photos: Kichinosuke Nakano

footballista MEMBERSHIP

TAG

ドイツ日本育成

Profile

Kichinosuke Nakano & Jun Kinoshita

RANKING