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育成大国ドイツでは指導者の給料事情はどうなっている?

2018.04.04

「ドイツ」と「日本」の育成

~育成を主戦場に活動する二人が日本の現状を考える~


日本の指導者たちは子どものために日々努力を重ねている。が、その努力は正しい方を向いているのだろうか? また、本当に子どもの成長へと繋がっているのだろうか? 日本サッカーはまだ発展段階にある。ならば昨今、どのカテゴリーでも結果を残しているドイツをはじめとする世界の育成にヒントを得てはどうだろうか。そうすれば「今自分が行っている指導を振り返る」キッカケになるはずだ。そこで指導者として、ジャーナリストとして、それぞれドイツと日本の育成現場にたずさわる二人が毎回あるテーマをもとに本音トークを繰り広げる。

4月のテーマ『町クラブの育成指導者の給料はいくら?』


中野 吉之伴(ジャーナリスト/指導者)
木之下 潤(ジャーナリスト/チームコーディネーター)


『町クラブ』の定義

木之下監督解任は大変な出来事でしたね。驚きました。でも、次のスタートを切っています」


中野
「まだ全部を整理できているわけではないですが、U-8の指導をすることになって、これまでとは違う学びがあって楽しいです」


木之下
「U-19、U-15を長く指導されていましたよね?」


中野
「はい。久しぶりにジュニア年代を指導するので、ギャップが大きいですね。すでにトレーニングをしたのですが、『集まれ』と声をかけてもなかなか集まらないから洗礼を受けています(笑)」


木之下
「カテゴリーがまったく違いますからね。さて今回のテーマですが、日本でサッカーの指導を行うといえば、スクールでも、クラブでも指導者たちはある程度給料をもらっているのがほとんどです。お父さんコーチの場合は謝礼として、学生の場合はバイト料として、たとえ少ない金額でも対価をもらっています。でも、例えばスペイン在住の育成指導者・木村浩嗣さんは『スクールは少ないながらも給料があるが、クラブには給料がない』と言っていました。しかも給料と言っても月1万円程度のものだ、と。そこのところ、ドイツでは実際にどうなんですか?」


中野
「その前に、そもそも『町クラブ』って何を指しているんですか? 『町クラブ』と曖昧なまま一括りにして語るには多くの誤解が生じてしまいます。

 最近、日本で話題に上がっている『部活』に関してもそうで、すべてが同じ土俵で議論されているけど、各学校によってレベルも目標も全部が違うはずです。それなのに、その在り方を全部一括りでまとめて話をするから違和感が出てしまうのだと思うんです。

 ここでいう『町クラブ』というのはまずどこを対象にしますか? おおよその月謝・年会費、指導者の数、指導者の給与、選手の集め方、チームのレベル、参加している大会。少し整理してみましょう」


木之下
「私がいう『町クラブ』は地域で活動しているクラブのことです。というと、アバウトですよね。ドイツにしろ、ヨーロッパはすでに育成レベルでも州リーグ、地域リーグ、町リーグといった中に1部、2部、3部とレベルによるカテゴリー分けがなされています。U-12以下の選手は他の州の強豪への引き抜きができないなどのルールもあり、自国のサッカーとして全体が整備されています。日本ではそこがまだ整備されていないからアバウトになっている現状があります。

 例えば、関東大会、都大会、ブロック大会、市町村大会といった全国大会までの勝ち上がる流れがあったとすると、私がいう『町クラブ』は市町村大会、もしくはブロック大会に出場するぐらいのクラブです。U-12のリーグはまだ整っていないので例えられませんが、ジュニアユースで言えばわかりやすいかもしれません。

 東京都のU-15にはTリーグが存在しますが、T1はクラブを含めたトップ12チーム、T2はそこを狙う強豪町クラブや強豪私立中学校が中心の全都リーグ、そしてT3がブロックごとで行われる公立中学校や町クラブが集まる地域リーグなんです。つまり、私がいう『町クラブ』はT3を戦うレベルのチームを指している。上だけを目指すというよりは、『チャンスがあれば上でもプレーしてみたいな』というような子が多く在籍する、誰でもサッカーがプレーできるクラブです。

 逆に、そのあたりのドイツのU-13以下の状況を知りたいです」


中野
「ドイツだと、U-13はドイツ全土を日本でいう都道府県くらいのエリアに分け、すべてがそれぞれ3部のリーグ構成になっています。小学校年代では、アウェー戦で移動時間がかかりすぎないようにしたり、大きな大会を設けることで競争意識が高くなりすぎないように配慮したりしています。ブンデスリーガ、つまりプロクラブの育成機関もこの枠組の中で共存しています。

 ただ、レベル差が大きすぎると互いにとっていいことにはならないので、U-12チームがU-13の1部リーグ、U-13チームはU-15の下部リーグに所属することでそれぞれが遠出をすることなく、適切なリーグを戦えるように調整したりしています。基準となる枠組みがある中で、それぞれができるだけよりよい環境でプレーできるような選択肢も持てるシステムになっています」


木之下
「なるほど。では、U-13までは日本でいう都道府県くらいの中のリーグ戦でプレーしているわけですね。ちなみに全国大会はないと聞きますが、本当ですか? また、レベルの高いタレントはどう育てているんですか?

 ドイツだと3部構成になっていて必然的にレベルに応じてプレーする環境があるから自分の実力をある程度は客観視できる。でも、日本はどの選手も強い学校、強いクラブを目指すから選手がそこに集中して試合に出場できず、結果的にタレントを失っています。サッカー界としては、底上げにも財産にもできていません。それは中野さんが言う『一人一人に合ったより良い環境でプレーできる選択肢が持てるシステム』になっていないということです」


中野
「小学校、中学校の段階で全国大会はないです。僕が知る限り、ヨーロッパをはじめ、世界中でジュニア年代から全国大会をやっているところはないと思います。レベルの高いタレントは上のレベル、また上の年代のリーグに参加したりできますから。

 ドイツだと上手な子はレベルの高いチームからスカウトされたり、自分から売り込んでトレーニングにテスト参加して評価してもらいます。こっちでは日本で一般的に行われる『セレクション』というのは聞いたことがありません。

 各クラブのそれぞれのカテゴリーで最適な人数設定がされていますし、それ以上の選手を獲得しません。小学校のチームだと多くて18人。14〜16人が普通です。そうでないと、全選手のプレー機会を確保することが難しいですから。

 強いチームで控えになるなら一つレベルが下でも主力として活躍できるチームの方が伸びる子もいます。それはそれぞれの子どもの性格や求めているもので違ってくるものです。一度、上のレベルのチームにチャレンジして、でもうまくいかなくても古巣クラブが受け入れてあげられる土壌がドイツにはあります。

 日本のように『移籍することが裏切り』扱いにはならない。自分の力をより発揮できる、より成長できる場所を探す挑戦です。それに対して大人がいきりたつのはただの八つ当たり。もちろんチームに一言の断りもなく、秘密にして裏で移籍話を進めたりするのはフェアではないし、コーチや監督に相談するべきです。裏でコソコソするようなやり方はいずれにしろ後々問題を抱えることになる。まあ、指導者に話して頭ごなしに拒否されるような場合は別ですが。そのあたりは保護者を含め、人としての礼儀や節度を互いに大事にすることが大切です」


欧州では育成指導者で生計が成り立つのは一握り

木之下「ちょっと脱線しました。でも、すべてを一括りにして話をするのは確かに意味がありません。最初にドイツとの環境の違いを詳しく知られて目安になりました。

 さて話を今回のテーマに戻しますが、ドイツの町クラブではどの程度の給料をもらっているのですか? 日本のみなさんは、おそらく中野さんはプロの指導者として生計を立てていると思っているはずです」


中野
「ドイツでは、基本的にスクール自体が非常に少ないし、クラブは子どもたちからお金を取ろうとしないので、そもそも収入が少ないんです。年会費は、うちの子どもがプレーしているクラブだと、二人で60ユーロ(約7800円)。そうした環境でも多くの人が指導者やスタッフとしてクラブと関わっています。クラブの活動に関わることは大切な生き甲斐であり、喜びなんです。みんなそれぞれ自分で生きていくための仕事を見つけ、その上でサッカーと生きていく。

 地域によってクラブの資金力も違うし、中にはある程度のお金を指導者に支払うことでトレーニングのクオリティを上げる動きもあります。それでも、アマチュアの町・村クラブでは月にもらえて約200ユーロ(約26,000円)。A級ライセンスを持つ私でも、これまで所属してきたクラブでは多くてそのくらいものです」


木之下
「日本のスクールやクラブは、年会費を保険料や登録料などに回して運営しているところが多いし、都内でザッと調べても月会費は3000〜12000円と幅がありますし、23区内と多摩地区では金額に差があります。まぁ都内だと場所代がかかるから人件費をのせるとこのぐらいの違いが出るのかな、と。

 ただ各カテゴリーで受け入れている人数にはかなりのバラツキがあります。少子化問題もあるけど、20人以上受け入れている学年もあったりする。その場合、チームをわけて登録しているわけではありません。一つのカテゴリーで2チームとして試合を組んでいるクラブは全国的に見てもかなり少ないと思います。そのあたりの出場機会についてはドイツとかなり差があります。

 ドイツの町や村のクラブだと、出場機会を含めてどのコーチも比較的ちゃんと指導に向き合っているように感じるけど、日本の町クラブだと個人によって意識の差が激しい。でも、給料はどの指導者も中野さんと変わらない、もしくはもっと多くもらっています。もちろん無給の方もいるけど、むしろ少ないんじゃないか、と。一体どの部分への対価なのかと思ってしまいます。

 日本の町クラブで講習会やクリニックの活動をしてみて、コーチの指導に対する意識についてはどう感じますか?」


中野
「ドイツの指導者みんながサッカー指導に対する意識が高いわけではないし、熱心に勉強したり、講習会に出たりしている人は普通の町クラブではほとんどいないと思います。多分、それは世界中どこに行っても同じです。どうしたって、そこまでの時間と労力を投資できる人は限られています。でも、それが悪いのではなく、それが普通なのだということです。

 だから、この層に対して『もっと指導のことを学ばないといけない』『子どもたちがかわいそう』と叫んだところで仕方がありません。むしろ、そうしてしまうとこの層が変に力を入れて子どもたちを追い込む害の方が出てしまうかもしれません。そうではなく、極端な話、子どもたちがミニゲームだけをしていても、それなりに楽しくて成長できる環境整理をする方が大事です。

 その上で、ある程度の月会費を取り、指導者にお金を回している町クラブはより高いクオリティを子どもたちに還元できないといけないのではないでしょうか。そして実際、日本にもすばらしい仕事をされている指導者やクラブは確かに存在します。でも、目的が不明瞭な指導が目につくことが少なくなく、育成指導者としての意識の低さがとても気がかりです。

 いま担当しているチームの成績ばかりを気にしてないだろうか。その子どもたちが十年後、二十年後、どんな選手に、どんな大人になっているかというイメージをしているのだろうか。

 そもそも『サッカー指導者』としての給与をもらっているのに、『サッカー指導についてどうやって学べばいいかわからない』という状態は正直、どうなのかと感じることは多々あります」


木之下
「目的が不明瞭な指導という点については、私もそう感じることが多いです。実は、3月から『チームコーディネーター』という肩書きで、自分の住む地域の町クラブに寄り添う活動を始めました。簡単にいえば、クラブ単位で指導スキルを高めるサポートを外部として行う仕事です。すでにある町クラブと契約し、先日、第一回目の全体ミーティングを終えました。そのときに4月から自分が担当する学年の年間プランをそれぞれの指導者に発表してもらいましたが、すべての指導者のプランが中野さんのいう『不明瞭な指導』に当てはまる内容でした。

 子どもたちは月いくらかのお金を払い、サッカークラブに通っているのに『こんな状況はいかがなものか』というのが正直な気持ちです。私は日本の育成現場で取材を続けていますが、町クラブの指導者たちは何をどのように、どのタイミングで指導したらいいのかを知らないんです。これはJFAすら明確なものを示しません。だから、町クラブの指導者だけの責任ではない。そこは育成年代を専門に取材している人間として強く訴えたいところです。みなさん、自分のサッカー経験であったり、スポーツ経験であったり、本やネットで勉強したことをもとに現場で必死に戦っています。

 しかし、サッカーは算数と同じで、足し算や引き算ができない子はかけ算やわり算ができません。つまり、積み重ねのスポーツです。

 中野さんがよく言っています。例えば『3年生を受け持った指導者は、翌年、子どもたちが4年生になったときに4年生を担当する指導者にバトンを渡さないといけない。そうすると、3年生で身につけておかなければならないことがある』と。

 本当に、その通りです。だからと、中野さんも日本の町クラブに対して『専門的にサッカーを指導すべきだ』『きちんとしたカリキュラムを準備して指導すべきだ』と思ってはいないはずなんです。私は、町クラブなりのざっくりしたものでいいから指導者全員でまずそういうことを考えることをやってほしいと願っています。

 そうすれば、自然に月会費に見合った指導がそれぞれのクラブ体現できていくのではないかと感じています。『一般的にこれぐらいの月会費を取っているところが多いから、うちもこれぐらいにしよう』という発想もなくなるのかな、と。それがまかり通るのであれば元プロがどんどん指導者を始めているのに金額に差がないのはおかしいです。でも、元プロだから高額な会費を取るのもおかしい。なぜなら指導経験がないから。

 中野さんがいう通り、日本サッカー界全体がチームのレベル、参加している大会、指導者の数、指導者の給与、選手の集め方など全体的なものから判断し、クラブの月会費を考えてみるべきです。自分たちに正当な価値をつけることです。そういう自分たちのクラブに対しても正しい目を持った指導者が増えていかないと、すでに今も数を増やすために行われている妙な子どもの奪い合いが少子化が進むほど激化してしまいます」


【プロフィール】

中野 吉之伴(指導者/ジャーナリスト)
1977年、秋田県生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成年代指導のノウハウを学ぶためにドイツへ渡る。現地で2009年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU-15チームでの研修を経て、元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-16監督、翌年にはU-16・U-18総監督を務める。2013-14シーズンはドイツU-19の3部リーグ所属FCアウゲンでヘッドコーチ、16-17シーズンから同チームのU-15で指揮をとる。3月より息子が所属するクラブのU-8チームを始動する。2015年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行う。2017年10月より主筆者としてWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。

木之下 潤(編集者/文筆家)
1976年生まれ、福岡県出身。大学時代は地域の子どもたちのサッカー指導に携わる。福岡大学工学部卒業後、角川マガジンズ(現KADOKAWA)といった出版社等を経てフリーランスとして独立。現在は「ジュニアサッカー」と「教育」をテーマに取材活動をし、様々な媒体で執筆。「年代別トレーニングの教科書」、「グアルディオラ総論」など多数のサッカー書籍の制作も行う。育成年代向けWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の管理運営をしながら、3月より「チームコーディネーター」という肩書きで町クラブの指導者育成を始める。


■シリーズ「指導者・中野吉之伴の挑戦」
第一回「開幕に向け、ドイツの監督はプレシーズンに何を指導する?」
第二回「狂った歯車を好転させるために指導者はどう手立てを打つのか」
第三回「負けが続き思い通りにならずともそこから学べることは多々ある!」
第四回「敗戦もゴールを狙い1点を奪った。その成功が子どもに明日を与える」
第五回「子供の成長に「休み」は不可欠。まさかの事態、でも譲れないもの」
第六回「解任を経て、思いを強くした育成の“欧州基準”と自らの指導方針」


Photos: Kichinosuke Nakano

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Kichinosuke Nakano & Jun Kinoshita

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