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ビッグロンドンダービー分析。「対照的なボール保持」に見る、アーセナルの戦術的完成度

2022.11.08

昨季は3連敗中のアーセナルが4得点で大勝し、再浮上する兆しを作ったスタンフォードブリッジでのビックロンドンダービー。今季はグレアム・ポッターに監督を代えたチェルシーがリーグ戦3試合未勝利で、首位を走るアーセナルを迎え撃つという昨季と逆の構図の一戦となった。ともにモダンフットボールに造詣が深い2人の指揮官だが、就任4年目のアルテタが、ブライトンから引き抜かれたばかりのポッターにチームの完成度の差を見せつけることになった。

ガブリエウを起点にした前進+前線の流動性

 ロンドンダービーという舞台装置の割にはスリリングな展開とは言えなかったこの試合。攻守が目まぐるしく変わるというよりは、ファウルやセットプレーで試合が都度止まり、なかなかリズムが出てこない展開になっていた。

 それでも、ボール保持においての振る舞いは互いの個性が反映されるものだった。より落ち着いてボールを持っていたのはアーセナル。バックラインの面々が距離を取りながら、ショートパスでのビルドアップを行っていく。

 一番後ろのバックラインで組み立てるのはジンチェンコ以外の3枚のDF。ジンチェンコは1列前に位置。左の大外かトーマスの隣のどちらかに立つことが多かった。

 プレス隊となったチェルシーの3トップのうち、悩ましい立ち位置になったのは右のウイングに入ったスターリング。守備の基準を流動的な対面のジンチェンコに置いていたため、振り回されていた格好だ。アンカーのトーマスとサリバを両睨みしていたハフェルツとホワイトにプレスにきたオーバメヤンに比べると、スターリングはやや深い位置まで下がって守備をすることが多かった。

 ジンチェンコに合わせたポジション取りをするスターリングの振る舞いの恩恵を受けたのはガブリエウ。アーセナルのバックラインの中で、フリーでボールを受ける機会が断然多かった。前にスペースがあったガブリエウはボールを受けるとドリブルで前進し、左サイドを縦に進むパスを刺しにいく。

 ガブリエウにとって格好の狙い目だった選択肢は裏に走る選手へのスルーパスだ。ジェズスが降りてくる動きでチャロバーを引き出すのと入れ替わるように、ジャカが裏に抜ける動きを見せる。降りてくるジェズスにチャロバーがついていくのに対し、上がっていくジャカにロフタス=チークはついていかなかったため、ジャカは完全にフリーになる。

 このジャカを狙う形は実践できていたものの、ガブリエウにもう少しパスの精度が欲しかった。速く精度の高いフィードをジャカに届けられなかった分、チェルシーは攻撃の最短ルートを使われずに済んだ形となる。

 それでもアーセナルは前進のルートを確保し続けた。ポイントになったのはジェズスとウーデゴールといった前線の選手たち。彼らが中盤をうろちょろすることで、ジョルジーニョやロフタス=チークは守備の基準を見失っていた。

 ジェズスとウーデゴールが上手かったのは横に開く動きを織り交ぜていたこと。ジェズスは明確に左サイドまで流れる頻度が高かった。ロフタス=チークがサイドまでついてくることになれば、中央にウーデゴールが登場したり、左ウイングのマルティネッリがジェズスと入れ替わる形で中央に移動するするなど空いたスペースに顔を出す。ジャカの裏抜けも含めて、左サイドの流動性はかなり高いものだった。

 自らが動きポジションチェンジを引き起こしていたジェズスに比べると、ウーデゴールは周りの選手の動きを利用していた節が強かった。秀逸だったのは37分のシーン。この場面ではマウントが左サイドから前プレスに加わることで、チェルシーが前がかりの守備を決め込んだ場面だ。

 この場面ではウーデゴールが右サイドの大外に登場。常に右の大外に張っていたサカとバックラインの間に顔を出すことでプレスの脱出口となっていた。相手の守備網の切れ目に顔を出したウーデゴールにより、アーセナルは素晴らしい前進ができた場面となった。

 ジェズスやウーデゴールはアウトサイドに交互に流れつつ、中盤中央でパスを引き出すことも怠らない。彼ら2人がバックラインでフリーになったガブリエウや、ククレジャによって縦への進撃を制限されていたサカの横パスの受け皿になることで、アーセナルのパスワークを円滑に進めていた。

大外レーンへのロングボール+パートナー(ハフェルツ)

 チェルシーの保持はアーセナルと比べると、非常にはっきり割り切るものが多かった。アーセナルがプレスのスイッチを入れてきた際に何度かバックラインで繋ごうと試みてはいたが、パスの速度と精度が十分ではなく、簡単にボールをロストしてしまっていたことを踏まえれば、無理に繋がないというチェルシーの判断は理解できるものと言えるだろう。

 普段であれば、バックラインからサイドにボールを集めて、一枚一枚相手を引きつけるようにショートパスを繋ぎながら、相手のマークが手薄な逆サイドまでたどり着いて攻撃を完結させるというのがポッターのチェルシーだ。

 しかし、アーセナルのプレスにより割り切った戦い方を強いられたこの日のチェルシーはバックラインからは繋げないという前提に立たなければいけなかった。彼らが選択したのは前線へのロングボールで同じメカニズムを再現することである。……

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アーセナルチェルシー戦術

Profile

せこ

野球部だった高校時代の2006年、ドイツW杯をきっかけにサッカーにハマる。たまたま目についたアンリがきっかけでそのままアーセナルファンに。その後、川崎フロンターレサポーターの友人の誘いがきっかけで、2012年前後からJリーグも見るように。2018年より趣味でアーセナル、川崎フロンターレを中心にJリーグと欧州サッカーのマッチレビューを書く。サッカーと同じくらい乃木坂46を愛している。

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