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『アナリティックマインド』とは何か。元データスタジアム社長・森本美行に聞くデータとの向き合い方

2021.03.31

この記事は「東洋館出版社」の提供でお届けします。

データスタジアム株式会社をはじめとする様々な国内スポーツ関係企業の要職を歴任し、現在はスポーツを通した人材育成を行う一般社団法人の代表理事や神奈川大学の体育会サッカー部のコーチなどを務める森本美行氏が執筆した書籍『アナリティックマインド』が2021年3月に刊行された。本書の企画背景にある問題意識やこれまでの経験から考えるデータの捉え方など、日々進化するデータ分析に対する見解を著者である森本氏に語ってもらった

データ自体は何も語っていない

――森本さんが本を執筆されるのは2011年に出版された『本田にパスの36%を集中せよ―ザックJAPAN vs. 岡田ジャパンのデータ解析』以来、10年ぶりとなります。まずは動機を教えてください。

 「2011年にデータスタジアム社を辞めてからも毎年Jリーグクラブなどで指導や分析のお手伝いをしていたので、取得できるデータの進化や使い方については常に気にしていました。そうした中で海外のデータ活用事例を聞くと競技サイドにおいてテクノロジーの進歩と他業種からの人材の流入が著しく、ビジネスサイドでもマネジメントの意思決定において(データの)使われ方が広がっていました。一方で日本は……少し言い過ぎかもしれませんが、10年前とあまり変わってない。これはいかんなと」

――サッカーにおいて欧州と日本の差は広がっているという指摘もあります。データ活用もその原因の1つかもしれません。

 「これまで上場会社やベンチャー会社の社長を務めてきた経験からも言えますが、多くの投資家からお金を預かって事業を運営する上でファクトベースで質の高い分析を行った上で説明できる能力がないと誰も説得できないし、会社もそこで働く人間も成長できません。交渉相手が外国人の場合は特にそうでした。彼らはロジカルに物事を考えることが習慣になっている。サッカーにも通じる部分はあると思います」

――『アナリティックマインド』ではサッカーを中心としたスポーツがメインの題材ではありますが、データの捉え方はあらゆる立場の方に求められる現代の必須スキルです。

 「例えばコロナウイルス。非常事態を宣言する根拠、解除する理由、その期間を延長することをロジカル(論理的に)説明できた方はどれだけいるのでしょうか。色々データは出てくるけど使うデータの選び方、あるいはデータの解釈に非常に苦労している印象があって、サッカーだけに関わらずデータの読み方、分析に関する考え方などを整理するタイミングではないかと思ってこの本を執筆しました」

――コロナウイルスは分かりやすい例ですね。読み解く力がないとデータ(情報)に振り回されてしまいます。

 「分析に関する講義の際、学生にも話したのですが単に『怖い怖い』ではなく、“正しく恐れなさい”と。そのためには情報の精査が必要。コロナウイルスは分からないことも多いですが、手洗いやマスク、密を回避することで感染リスクは減らせることは分かっている。やれるべきことを徹底しつつ状況に応じて出来る範囲で生活を続けるのか、ひたすら恐がって何もしないのか、自分自身で考える必要がある」

――森本さんは神奈川大学でサッカー部の指導もされています。データ活用に関して選手に伝えていることはありますか?

 「神奈川大学(サッカー部)ではハイパフォーマンス部という分析を行う活動団体があります。そこで学生たちが分析を行った時、その事象が起きた”原因“とその“裏付け”を必ず聞きます。起きていることと起きた原因となったことを主観や経験だけに頼るのではなくデータと照らし合わせて本当に正しいのかを考えてもらう。そこで気を付ける点は、データ自体は何も語っていないということ。データから見えた真実を自分自身で語ることです」

――主観と客観のバランスが大切ということですね。

 「ピッチを3分割して、ゴールが生まれたラストパスがアタッキングサードから60%、ミドルサードから30%、ディフェンシングサードから10%出されたというデータがあったとします。このデータで全体の60%がアタッキングサードでラストパスが出されているのだから『なるべく高い位置にボールを運ぶことに意味がある』と解釈することができます。しかし40%のラストパスはミドルサードとディフェンシブサードのエリアから出されているとも解釈できる。どちらの解釈が正しいということではありません。しかし、自分の経験やサッカーの哲学を反映するために利用するデータを取捨選択することで分析を効果的に行うことが出来ます。サッカーで2対0は一番危険な得点差というようなファクトとは異なる思い込み、即ちバイアスとは違う。ただ、最初から伝えたいストーリーがあって、それにあったデータを持ってくるのは似ているようで違う作業。そこは気を付けなければいけません」

――多くのJリーグクラブのアナリストを輩出している筑波大学蹴球部の小井土監督も近いことを仰っていました。データの背後にあるプレーの意味を理解するためにアナリストもコーチ経験が大切である、と。

 「学生を育てるという観点から様々な形でデータを活用することに意味はあります。小井土監督が100%データを信じているかというと、多分信じていない。それはデータだけが真実でそれが起こった背景、経緯をしっかり見ることを決しておろそかにしてはいけないという警笛を常に鳴らしているからだと思います。それはとても大事なことだと思います」

多くのアナリストを輩出している筑波大学蹴球部

――確かにデータ分析ですべてを理解できるほどサッカーは単純なスポーツではありません。例えば「運」など偶然性の要素をどのように捉えられていますか?

 「結果的に偶然性の要素が多い試合があったとしても、偶然に起きている以上再現性がないですよね。偶然性に頼り過ぎるとその場しのぎにならざるを得ません。行うべきはコントロールできる事象を増やすこと。(偶然性は)避けられる要素ではないですが、技術、戦術などで偶然性の比率を下げることでサッカーの理解が深まり、勝利の可能性が高まるはずです」

――データでは分析できない要素を認識した上でデータと向き合う。

 「そうです。中国でサッカーの指導者を行っている日本の方が話していたのですが、中国では、プロになる選手は14歳以降からエリート教育を推進していくことになります。その結果、道徳的な部分や社交性。チームワークが悪いとか非認知能力の部分で多くの問題があることが分かったそうです。だから、最近は日本の部活のような教育的な指導も取り入れるように提案しているそうです。一方、中国トップリーグのCSL(China Super League)ではデータの活用が日本より進んでいると感じています。中国のテクノロジーやデータ分析の取り組みは世界でもトップレベルです。その波がサッカーを始めとしたスポーツ界にも押し寄せていると感じています。社会性やグリッド力などの非認知能力とデータをベースにした分析能力も加われば、近い将来中国のサッカーは日本にとって脅威になるかもしれません」

自分が見ているものが真実かどうかは分からない

――森本さんがお手伝いされたJリーグの監督の中で素晴らしいアナリティックマインドをお持ちの方はいらっしゃいましたか?

 「自分はアナリティックマインドを持つ最初の一歩は自分自身に疑いの目を向けることだと思います。そういう意味では2018年まで鹿児島ユナイテッドFCで指揮を執っていた三浦泰年監督は常に自分のやり方、考え方をどう思うか、データではどうなっているか常に聞かれました。横浜FCが初めてJ1に昇格した時にチームを指揮した高木琢也監督も自分と異なる視点やデータを大事にしていました」

――ビジネスサイドではいかがでしょうか?

 「強化部で納得性のある選手評価システムを構築するためにデータを重要視されていたのは、名古屋グランパスで社長を務めたこともある久米一正さん(2018年逝去)が印象に残っています。それとヴィッセル神戸のオーナーで楽天株式会社社長の三木谷浩史さんもデータに対する意識はかなり高く、私のように外部の人間が(ヴィッセル神戸の)テクニカルスタッフとして仕事することが出来たのも、神戸のスタジアムに最新のシステムを常設したのも、かなり早いタイミングでした。楽天もそうですが、ソフトバンクやDeNAなど親会社のテクノロジーやデータに対するスタンスもチームに影響している気がしますね」

親会社の意向もクラブのデータの活用に影響があると森本氏は語る

――サッカー界でアナリティックマインドを持つ人が増えるために必要なことは何だとお考えですか?

 「『サッカーは難しい』『サッカーはミスのスポーツだから偶然性の要素が多い』とよく言われますが、それはサッカー固有のものではなくすべての活動であったり業界に共通するものだと思っています。例えば、馬に蹴られて亡くなる人の数のように偶然だと言われる事象の数が実は毎年ほぼ一緒なんてデータもありますが、実は偶然と思われていても期間で考えるとある一定の確率で色々な事象は起きるのです。予想も出来ないほどのことはごくごく稀です。そう考えれば偶然が多いから何も出来ないと放っておく必要がなくなる。言われたこと、書かれていることをそのまま受け入れるのではなく『なぜだろう?』と常に好奇心を持って考えること。そういうものの考え方ができるようになることが必要だと思います」

――では、最後に読者の皆様にメッセージをいただけますか?

 「自分が見ているものが真実の姿かどうかは分かりません。自分が見ているものの多くは、実は“自分が見たいもの”です。そこに主観が入る以上、真実の姿と自分が見ているものが違うことは非常に多いです。だから見えていることは正しいことなのかとちょっと疑ってみる。そうすると違う風景が見えてくるかもしれません。それはサッカーもそうだし、自分の生き方もそう。そのような意識を持つことを大切にしてみてください」

<書誌情報>

定価:1870円(税込)
発行:東洋館出版社
発行日:2021年3月5日

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Photos: Getty Images

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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