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将棋・渡辺明名人(棋王・王将)に聞く、将棋の進化の最前線とサッカーの進歩との類似性_後編

2020.11.14

そのゲーム性の面での共通点が語られる将棋とサッカー。近年、急激な進歩を遂げる両競技の戦法・戦術的進化の類似性について、今年悲願の名人位に就いた将棋界のトップランナーにして欧州サッカー好きでもある渡辺明名人の言葉とともに解き明かす後編。

前編はこちら

AIは将棋をどう変えた?

――(前編での渡辺名人からの質問を受けて、インタビュアーからサッカー界の状況を説明)サッカーでベタ引き戦術が採用されてなくなってきている理由は、より良いやり方が見つかった、あるいは“できるようになった”という言い方ができるのかなと思います。

サッカーの場合、ざっくりボール保持にこだわるスタイルとこだわらないスタイルの2つに分けられます。そのうちボールにこだわらないスタイルの場合、以前はある程度引いて守備を固めてカウンターを狙うチームが多かったんです。ただ、今マンチェスター・シティを率いているペップ・グアルディオラ監督によってボールを保持する戦術が進化を遂げ、ベタ引きで守っているだけではほとんどカウンターをさせてもらえなくなってしまいました。そこで、それに対抗する手段として、引いて守るのではなく前線からプレスをかけてボールを奪い、相手の陣形が整う前に攻め切るというスタイルがドイツを中心に台頭してきました。

今では、ボールを持つにしても持たないにしても相手にボールを奪われた直後に積極的にボールを奪いに行ったり、あるいは守るにしてもベタ引きするのではなくピッチの中央あたりからプレスをかけていくような、より重心を前に置いた戦い方が主流になっています。

そうした進化の方向性の背景として、将棋と異なる部分と似ている部分の2つがあるんじゃないかと考えています。

異なる部分というのは、選手の能力の向上です。アスリート能力が向上して肉体的により速く、より強くなったことが、試合を通して前線からのプレスを継続できるようになる一因となっています。また、今はリバプールのファン・ダイクを筆頭にDFでも足下の技術がある選手が増えていますよね。将棋で例えるなら、すべての駒が飛車角みたいな。サイドバック(SB)は将棋で言えば香車になりますけど、リバプールの両SBなんてどんどんゴール前に侵入してゴールやアシストも重ねています。選手のレベルが上がったことが、戦術の質を高める一因になっているのは間違いありません。これは、それぞれの駒の役割・動き方は変わらない将棋とは異なる部分かなと考えています。

 「なるほど。確かに、昔はボールを蹴るのが巧ければいいみたいなところがありましたけど(笑)、今はアスリートみたいな人、マラソン能力がないとサッカー選手になれなくなってきているんですね。23歳以下の選手しか獲得しないというライプツィヒの補強方針なんて、昔なら考えられなかったですもんね」

――そうですね。本当に、肉体的にも技術的にもスーパーマンみたいな選手でないとトップレベルでは通用しなくなっています。

逆に似ている部分というのは、リアルタイム分析をはじめとしたデータ分析の進歩です。将棋界ではAIによって局面の客観的評価ができるようになったと渡辺さんからお話がありましたが、サッカー界でもデータの活用により、新たな指標によるプレーの評価や、位置情報を使ったトラッキングデータにより、より良い配置を取れていたかどうかということが少しずつ可視化できるようになってきています。

この話に関連するところで一つ、渡辺さんにお伺いしたいのが、AIによってご自身の中の評価軸、いわゆる“大局観”をどう変えたのかという部分です。

先ほどサッカー選手の能力面の進化のお話をしましたが、もう一つ、選手の「認知・判断」をどう鍛えるかというのがサッカー界で大きなテーマになっています。例えば、今までベタ引きで守っていた時はただボールを前に蹴っていれば良かったDFが、現在の戦術ではパスを出すのかドリブルで持ち運ぶのか、パスを出すならどの選手に出すのが最善かというのを、その時の状況から判断して選択しなければならなくなっています。進化した戦術に対応するために、選手は自分の中の判断基準を変えなければいけないわけですが、今まで習慣として染みついた基準を変えるのは簡単ではありません。そこで、認知・判断を鍛えるために進化したテクノロジーが活用されるようになってきているんです。

このサッカー選手の認知・判断のプロセスというのは、棋士が次の一手を選ぶプロセスと同じではないかと感じています。そこで、渡辺さんがどうやって将棋観を変えたのかという部分が気になったのですがいかがでしょうか?……

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将棋戦術渡辺明

Profile

久保 佑一郎

1986年生まれ。愛媛県出身。友人の勧めで手に取った週刊footballistaに魅せられ、2010年南アフリカW杯後にアルバイトとして編集部の門を叩く。エディタースクールやライター歴はなく、footballistaで一から編集のイロハを学んだ。現在はweb副編集長を担当。

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