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涙のPKから10年。長崎とアカデミーの未来を背負う江川湧清の野望

2026.03.17

V・ファーレン長崎、西果ての野望#3

2018年に「長崎スタジアムシティプロジェクト」を立ち上げた時、遠い夢物語に過ぎなかった。それから6年でJリーグの1つのモデルケースになるような大型複合施設は完成し、チームは2度目のJ1昇格を果たした。しかし、まだ夢の途中。長崎という地方都市を舞台に、J1での躍進、そしてその先にあるACL出場を想い描く――番記者・藤原裕久が西の果ての野望を現在進行形で伝える。

第3回は、江川湧清が背負う物語。アカデミー発足から14年――長崎で生まれ、長崎で育ち、そしてJ1のピッチでチームを支えるDFがいる。彼は、V・ファーレン長崎というクラブの未来を体現する存在である。

10年前、仙台で地に伏した“背番号4”

 2016年、宮城県仙台市、泉パークタウン練習場。第24回Jユース選手権大会1回戦、ベガルタ仙台ユース対V・ファーレン長崎U-18。当時、発足してまだ4年目のV・ファーレンU-18は県リーグ所属。相対する仙台ユースは1つ上のカテゴリー、プリンスリーグ東北所属。V・ファーレン長崎U-18が挑む格好となったこのゲームは、先行した仙台ユースにV・ファーレンU-18が追いつきPK戦へと突入した。双方5人ずつがPKを成功させる中、先行する仙台ユースが6人目のキックを成功させる。V・ファーレンU-18、6人目のキッカーは背番号4を背負う1年生だ。彼が外せば試合はその瞬間に終了し、V・ファーレンU-18の敗退が決まる。

Photo: Hirohisa Fujihara

 仲間の祈るような視線を背に受けながら、背番号4はPKスポットへ向かい、一気に左足を振り抜いた。無情にもそのシュートが枠を逸れる。次の瞬間、キックを外した彼は両手で顔を覆い、崩れるようにグラウンドに伏した。勝利の喜びが強すぎたためだろうか、仙台ユースの選手が挑発的な声をかけ、見せつけるようにその眼前でガッツポーズを取る。その様子に激高したV・ファーレンU-18の選手が詰め寄ろうとし、他の選手たちが必死に制する。その時、挑発する選手を押しとどめた仙台U-18の選手たちは、地に伏す背番号4の肩を抱き慰めの言葉をかけた。どんな会話が交わされたのかは、わからない。当事者も覚えていないという。だが、その言葉にうなずきながら立ち上がった背番号4は、もう一度両手で顔を覆い、それからガックリと下を向いた。

 だが、この日、最も悲しい思いをしたであろうこの1年生は、そのピッチにいた選手の大半が立つことのできなかったステージへ、後に主力として立つことになる。

Photo: Hirohisa Fujihara

 選手の姓は江川。名は湧清。

 V・ファーレン長崎アカデミー最高傑作の1人にして、現在のトップチームで守備の要となっている選手である。

34.8km/h。フィジカルエリートの覚醒

 175cmというその身長はDFとして恵まれているとは言い難い。だが、左足からのフィード、走力、献身性、何より対人で見せるハードな守備は江川の真骨頂だ。

 以前は「性格的に強い選手だが、周囲に頼ってしまう部分があった(高木琢也監督)」が、プロ8年目を迎えた今、最終ラインで戦う姿勢を前面に押し出してプレー。8年ぶりのJ1を戦う長崎にとってリーグ初勝利を挙げた名古屋戦では、34.8km/hというアタッカー顔負けのスピードを披露し、続くセレッソ戦でも無失点勝利の立役者となる活躍を見せた。

 「ずっと膝にケガを抱えてきて不安があるので、昔からスプリントのトレーニングとかやったことないんですけどね。まぁ、持って生まれたフィジカルエリート的なものでしょうね(笑)。ちゃんとトレーニングしていれば陸上の選手として五輪に出られたかも(笑)」。名古屋戦後、そう言って笑う江川の表情には現状への充実感と、自身のプレーに対する自信が感じられる。今の江川は自他ともに認める長崎の主力なのだ。

Photo: Hirohisa Fujihara

ガンバ大阪で知ったJ1の現実

 もちろん、そこへ至る道のりは決して楽なものではなかった。アカデミー時代は相次ぐ膝の故障で満足にプレーできず、プロ入り後もリハビリに費やす時間が多かった。チーム練習を横目にトレーナーに付き添われて復帰へのメニューを繰り返す日々。それでも徐々にコンディションを整え、着実に出場機会を増やしていった江川は、プロ入り3年目の2021年にDFでレギュラーの座を掴み、翌年には守備の軸にまで成長した。活躍すれば移籍のオファーが舞い込むのはこの世界の常。2022シーズン終了後にガンバ大阪からオファーを受けた江川は、育ててくれたチームへの恩を感じながらJ1挑戦へと踏み出して移籍。だが、J1の壁は厚く、2年半の在籍期間で多くの出場機会は得られなかった。

……

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Profile

藤原 裕久

カテゴリーや年代を問わず、長崎県のサッカーを中心に取材、執筆し、各専門誌へ寄稿中。特に地元クラブのV・ファーレン長崎については、発足時から現在に至るまで全てのシーズンを知る唯一のライターとして、2012年にはJ2昇格記念誌を発行し、2015年にはクラブ創設10周年メモリアルOB戦の企画を務めた。

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