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対話が生む再現性。サンフレッチェ広島の新時代を拓くガウル流マネジメントの核心

2026.02.27

サンフレッチェ情熱記 第32回

1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第32回は、育成畑からやってきた新指揮官、バルトシュ・ガウルが挑む「育成」と「勝利」の両立、そしてスタートダッシュの裏にある“構築”と“采配”の本質に迫る。

ミッションは「育成」と「勝利」の両立

 育成の人だと思っていた。

 実際、バルトシュ・ガウル監督は自身のキャリアをほぼ、育成組織の指導者として過ごしている。当然、仕事上の視線は焦点を近くではなく遠くに、現在よりも未来に置く必要があり、目先の勝利にこだわる必要はなかった。

 ただ、日本の「育成世代」の指導者は決して「勝利にこだわらない」わけではない。むしろ、育成のためだからこそ、徹底的に勝利にこだわる指導者は少なくない。その典型が青森山田高で長く指導者を務めていた黒田剛​​監督(現町田)であり、かつての名将・小嶺忠敏監督(島原商・国見高)もそういうタイプ。お二人に共通しているのは、勝利を積み重ねながら日本サッカーを背負って立つような人材を、輩出していることだ。

 この「勝利」と「育成」の関係性については非常に興味深いが、今回のテーマはあくまでバルトシュ・ガウルの「現在」である。話を戻そう。

 彼のキャリアから考えれば、広島が直面している「育成の課題」について解決策を提示してくれるとは思っていた。

 広島は「育成型クラブ」を標榜しているが、現状の「育成」は決してポジティブではない。エディオンピースウイング広島が完成し、より多くのサポーターに来場していただくためには、何よりも勝利、そしてタイトルを獲得せねばならない。

 そのミッションは、ある程度はうまくいった。ミヒャエル・スキッベという名将のもと、リーグタイトルこそ獲得できなかったものの、常に上位で戦い続ける。ルヴァンカップは4年間で2度の優勝を果たし、ACLエリートの出場権も獲得した。サッカーの内容も娯楽性に満ち、エディオンピースウイング広島でのホームゲーム(リーグ戦)は2年間で1試合を除き、チケットは全てソールドアウトだ。

 ただ一方で、「育成」という方向から見ると少し曲がり角には立っていた。

 スキッベ体制初期を支えたのは、川村拓夢(現ザルツブルク)や満田誠(現G大阪)といったユース出身の選手たち。2024年から台頭してきた松本泰志も新卒で広島の門を叩いたタレントである。大迫敬介や荒木隼人、川辺駿、東俊希といった主力が育成組織から育ってきたことを考えると一見、育成はうまくいっていると思いがちだ。

 しかし、広島ユース出身の日本代表が、2018年卒の大迫と川村、満田を最後に途絶えていることを考えると、広島の育成は今、新しいフェーズに入っていると言わざるを得ない。中島洋太朗という才能が現れ、越道草太の成長も見て取れるが、それでも広島の育成が岐路に立っていることは明白だ。

 だからこそ、クラブは広島ユース史上最高傑作といっていい森﨑和幸を育成部に異動させ、マザータウンである安芸高田市にユース寮を新設。ジュニアユースの練習もユースと同じ場所で行う施策を採った。そしてミヒャエル・スキッベ監督の後任にバルトシュ・ガウルという育成畑の指導者を抜擢したのだ。

 「育成の広島。ここを外してはいけない。ユースとの架け橋、試合に出ていない選手たちへのアプローチ。そこも含めて、チーム全体を成長させてくれる人が望ましい」(栗原圭介強化部長)

 ただ、もはや広島は、かつてと同じ状況にはない。

 年間売上は80億を超え、スタジアムは今や、リーグ戦だけでなくカップ戦もフルハウス。どのクラブも集客に苦労するACLについても極寒のナイターで1万人を超えるサポーターが集まるようになった。

 もちろん、全ての環境がJ1トップクラスとは言えない。まだまだ、改善の余地がある部分は、たくさんある。しかし、川辺駿は言う。

 「資金力やスタジアムの規模、施設などを考えると、J1の上位にいるべきクラブだと思います。もちろん、それは簡単なことではないですけどね」

 実際、鈴木章斗やジャーメイン良らの移籍理由に「タイトルを狙えるクラブ」という言葉があった。中村草太が「広島は勝たないといけないクラブ」と語っているように「タイトル」はこのクラブにとって「夢」ではなく「現実」となりつつある。そういう状況下で、トップチームの監督に「結果<育成」というオーダーを出せるはずもない。

 まずは結果。栗原強化部長も「優先順位はトップチームの指導。ここに集中してもらいたい」と語っている。

4勝1分、圧巻のスタートダッシュ

 そのためにも特に大切なのは、スタートダッシュだ。

 百年構想リーグは確かに昇降格がないハーフシーズンのリーグだが、それでも優勝すればACLエリートの出場権を獲得できる。また90分で勝利すれば600万円、PK戦勝利だと400万円、PK戦敗戦にも200万円が支給される。優勝賞金1億5000万円も含め、賞金収入的にもメリットが多い大会だ。

 一方でチームビルドをやっていく必要がある新監督にとってみれば、どういう大会であれ、公式戦に勝つことで選手たちからの信頼を勝ち取る必要がある。どんな理論的背景があり、どれほどロジックに優れていようとも、選手にとって重要なのは勝てるかどうか。勝利に導いてくれる監督かどうかだ。

 結果は公式戦5戦4勝1分(1勝はPK戦)。ACLエリートではラウンド16進出を決め、百年構想リーグでは首位(2月26日現在)に立った。これだけの結果を出して「足りない」とはとても言い難い。称賛の言葉しかない。

失点しても勝てる理由──「再現性」の正体

 先に課題を挙げるとするならば、全ての試合で失点を許していること。しかも5試合中3試合で先制失点を食らっている。その要因の多くはシンプルなミスとセットプレーだ。もちろん改善は可能だが、決して「軽い」案件ではない。特にセットプレーからの失点が常態化すると、難しい局面に陥ってくる。

 ただここで注目したいのは、公式戦5試合全てで失点し、3試合も先制されているのに、結果は4勝1分という事実である。なぜ、そうなるか。答えはシンプル。得点しているからだ。しかも5試合中4試合が複数得点である。

……

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Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

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