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ナーゲルスマン流の影響は日本の育成年代にも。「関西のバルセロナ」興國高校・内野智章監督がトレーニングに「ライプツィヒ」を取り入れた狙いとは?

2022.08.13

『ナーゲルスマン流52の原則』発売記念企画#6

6月30日に全国発売となった、小社刊『ナーゲルスマン流52の原則』。史上最年少28歳でのブンデスリーガ監督デビューから6年、当代屈指の名将の一人に数えられるところまで上り詰めた指揮官の「“6番”の場所で横パスしてはいけない 」「ドリブル後のパスは、ドリブルで移動した距離より長くする」といったピッチ内でのプレー原則はもちろん、組織マネジメントの方法論や価値観に至るまで彼が実践している52の“原則”に迫った一冊だ。その発売を記念して今回は、今や世界中から注目を集めるナーゲルスマンのサッカーが、日本の育成年代にも影響を与え始めていることを紹介したい。取り上げるのは興國高校。著者・木崎伸也がサッカー部を指導する内野智章監督にインタビューし語ってもらった。

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 昨年9月、興國高校サッカー部の練習を訪れると、内野智章監督の口から思いもよらぬチーム名が飛び出した。

 「次、ライプツィヒな!」

 興国高校と言えば、青とえんじ色のユニフォームが象徴するように、バルセロナの影響を強く受けているチームだ。内野監督は2010年から毎年チームをスペインへ遠征させ、ポジショナルプレーやプレーモデルをいち早く日本で実践してきた。古橋亨梧(セルティック)など卒業生からプロが続々と生まれ、いつしか「関西のバルセロナ」と呼ばれるようになった。

 なのになぜRBライプツィヒなのか?

 謎はすぐに解けた。内野の「ライプツィヒ!」というかけ声とともにビルドアップの練習が始まると、連係がナーゲルスマン時代のRBライプツィヒそのものだったからだ。

 CBが縦パスを入れてMFがワンタッチでボールを落とし、それを受けた他のMFがさらに斜めの縦パスを入れるといった連係で、「縦パス」と「ワンタッチの落とし」の連続でシュートまで持ち込む。

 拙著『ナーゲルスマン流52の原則』で紹介したように、ナーゲルスマンは「縦パスをワンタッチで落とすプレー」を「シュタイル・クラッチュ」(Steil-Klatsch)と呼び、プレー原則に昇華させて中央突破の武器にしている。

 内野はそれを試合映像から見抜き、興國高校の練習に取り入れていたのだ。

 こういう探究心は、間違いなく世界との距離を縮める。今年7月、内野の教え子がナーゲルスマンにプレーを見てもらう機会が生まれた。

 興國高校2年生の千葉大舞がFCバイエルン・ワールド・スカッド20人に選出され、6月にブラジル遠征、7月にドイツ遠征に参加。するとバイエルンのセカンドチームの練習にも招待され、トップチームの監督であるナーゲルスマンと握手を交わしたのだ。

 いったい興國高校は、ナーゲルスマンからどんな影響を受けているのか? 内野監督に話を聞いた。

2週間で「驚くほど変わった」教え子

――千葉大舞選手は、ブラジル遠征ではU-19フラメンゴ相手にゴールを決め、ドイツ遠征ではバイエルンのセカンドチームの練習メンバーに選ばれました。これほど存在感を発揮すると予想していましたか?

 「僕にとっても初めての経験だったので、未知数な部分がありました。世界選抜と言っても、どんなレベルの選手が集まるかわからないじゃないですか。ただ、応募条件が各国のアンダー年代の代表経験者で、さらに費用をすべて出してもらえるので、一定以上の選手が集まると想像していました」

――ブラジル遠征はちょうどインターハイの大阪予選の準々決勝以降と重なっており、監督として千葉選手を世界選抜に送り出すのは勇気が必要だったと思います。

 「僕はいつも選手に言うんですけど、ヨーロッパに行って世界地図を見ると、日本は右の一番端っこに位置しているんですね。そういう存在であることを認識すべきなんです。そういう国の地域予選と世界選抜のどちらが選手の成長に繋がるかは、比べるまでもありません。

 実際、2週間ブラジルに遠征してバスコ・ダ・ガマやフラメンゴと試合をして帰ってきたら、千葉は驚くほど変わっていました」

――どう変わったのでしょうか?

 「本人いわく『監督から世界で戦うために必要だと言われてきたことが、点と点で繋がった』と。僕が普段から言っている日本人の武器が、本当に通用するんだと実感したそうです。『監督すげえっす』と褒められました(笑)」

――日本人のどんなところが通用するのでしょう?

 「わかりやすく言うと、アジリティとテクニック。香川真司選手が世界で戦えた部分ですね。

 ただし、どんなアジリティなのかをしっかり理解しないとダメです。日本人は背の高さや足の長さといったサイズ的な特性で短い距離は速いんですが、30m以上のスピードは弱い。一方、ヨーロッパには30m以上で速い選手がごろごろいる。だから、日本のスピード自慢のウイングの選手が最初はマークをはがせるけど、あとで追いつかれてクロスを上げられないという現象が起きるんです。

 それを理解したうえで、どこにボールを置くか、どのエリアでドリブルを使うかといったことが大事になってきます。

 また、日本の武器は運動量だと思われがちですが、ナーゲルスマンが言うようにサッカーはいかに戦術的に走れるかがポイントです。

 まだまだ日本には『気持ちで走れ』みたいな感覚が残っていて、負けた原因をフットボール以外のところに置きがちじゃないですか。もちろん海外でもメンタルを重視していますが、フットボールで負けたらフットボールの中で理由を見つけて改善しようとする。日本ももっと戦術的に走れるようにならないといけない。

 逆に言えば、戦術的にポジションを取れるようになったら、運動量を圧倒的な武器として使える。

 そういったことを、千葉はブラジルで身をもって感じたんです」

バスコ・ダ・ガマ戦での千葉のゴールシーン

――賢く武器をアピールできているからこそ、バイエルンのセカンドチームの練習メンバーにも選ばれたんでしょうね。

 「ラッキーな部分もあったんですよ。飛行機の関係で千葉だけ1日早くミュンヘンに到着し、セカンドチームの人数が足りなかったので入ることになったんです。

セカンドチームのデミチェリス監督の評価が高くて、次の日も呼びたいと。するとファーストチームの後にセカンドチームの練習が組まれていて、ナーゲルスマンがそのまま残って見学したそうです」

バイエルンⅡの監督を務めるマルティン・デミチェリス。2003-10にバイエルンでプレーし11タイトルを獲得したレジェンドは、2021年からセカンドチームを指揮している(Photo: Getty Images)

――そこで接点が生まれたわけですね。

 「千葉もナーゲルスマンに握手してもらったんですが、練習後にバイエルンTVに『ナーゲルスマンと握手しましたね』と聞かれて、『え、ナーゲルスマンって誰ですか?』と返してしまって」

――それはまずい(笑)。

「通訳が慌ててごまかしたそうです。あとで千葉に聞いたら、『その人がナーゲルスマンやと思わんかった』と苦しい言い訳をしていましたが(笑)」

――すぐにバイエルンに入団とはならないとは思いますが、千葉選手には今後どうなってほししいですか?

「今回ブラジルとドイツへ行って、千葉は自分に足りないものも強烈に感じ取っていました。その感性が素晴らしい。

 子供たちに夢を与える意味でも、高校卒業後にすぐ海外へ行く移籍を成功させてほしいなと思います。千葉と同じ2年生の宮原勇太にもそのポテンシャルがあるので、2人に対してそのための準備をいろいろとしています。もはや彼らが高校で同年代とやっても負荷がかからない。彼らが高3の途中で羽ばたくのが理想です」

各国から集ったタレントたちの中で評価された千葉。その経験を糧にどんな成長曲線を描くのか、そしてどんなキャリアを歩むのか楽しみだ

誕生の経緯

――ここからは、内野監督が行っている練習について聞かせてください。「ライプツィヒ」という練習メニューは、どういう経緯で生まれたんでしょうか。……

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Profile

木崎 伸也

1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。