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「カスタマー」へ序列低下する地元サポーター。プレミア勢がバルセロナの民主制から学ぶべきこと

2022.05.06

『バルサ・コンプレックス』発売記念企画#3

4月28日に刊行した『バルサ・コンプレックス』は、著名ジャーナリストのサイモン・クーパーがバルセロナの美醜を戦術、育成、移籍から文化、社会、政治まであますところなく解き明かした、500ページ以上におよぶ超大作だ。その発売を記念して訳者を務めたイングランド在住のサッカーライター、山中忍氏とローカルとグローバルの狭間に立たされるバルサやプレミア勢が抱える課題とその解決策を考えてみよう。

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 2020年2月のある日、FCバルセロナの重役は「ファイナンシャル・フェアプレー関連の部署に金で動かせそうな人物は?」と、UEFA代表者に尋ねた。新刊『バルサ・コンプレックス』には、そんな一場面が描かれている。発言者の本気度とは別として、欧州強豪クラブの役員が非公式の面会で口にしても不思議ではないセリフだ。オーナーの資金力を振りかざすような補強を抑制する規則があるにもかかわらず、中東の産油国を後ろ盾とするマンチェスター・シティとパリ・サンジェルマンが大物戦力を買い漁ることが許される状態では、将来的に勝ち目はないと不安がるクラブの経営陣も多いだろう。バルサのように、年会費を払うメンバーに所有されているクラブであれば尚更に違いない。

 書籍では、巨額の負債と収益レベルを超える選手給与コストを抱えるようになっていたバルサが、同年冬の移籍市場で“バーゲン会場”を漁るような窮状に陥っていたことを示すエピソードも紹介されている。中国スーパーリーグの北京国安でプレーしていたセドリック・バカンブに接触し、最終的にはレガネスからマルティン・ブライスウェイトを獲得したFW補強。前々所属のイングランド2部ミドルズブラで定位置を奪えず、自身のラストゲームとなったリーグカップ戦では、国内でも無名に近いジョーダン・ハギルとコンビを組んだ「流浪のストライカー」が、リオネル・メッシらのチームメイトとして迎えられたのだった。

1800万ユーロの移籍金にも見合った活躍を見せられないまま、バルサで3年目を迎えているブライスウェイトだが、シャビ・エルナンデス監督就任後は出場機会そのものが激減。プレータイムはわずか22分に留まっている

今後もバルサが「手本」にするのはユナイテッド?

 だが同時に、「根拠の薄い“スモールクラブ・コンプレックス”」とする著者サイモン・クーパー氏の指摘にも頷ける。今季のスペインでは、やはりクラブ会員所有のレアル・マドリーが通算35回目のラ・リーガ優勝を果たし、その翌週5月4日には、シティを相手に逆転のCL決勝進出も決めた。欧州で王座を争う敵はリバプール。外国人オーナーが当たり前となっているプレミアリーグの強豪ではあるが、採算を度外視できる世界屈指の大富豪ではなく、見返りを求める国際投資家集団の所有クラブだ。著者は、バルサが直面している問題は、「クラブ所有形態の古さよりも、クラブ経営のまずさにある」と述べている。

 そこで、マンチェスター ・ユナイテッドの登場となる。イングランド伝統の強豪は、大規模な外資参入と破格の放映権収入で潤うプレミア勢の中でもグローバル化の先駆けとなった。最大のファンベースはイングランド北西部の地元ではなくアジアだとも言われ、「デロイト」社が発表する『マネーリーグ』では、編纂が始まった1996-97シーズンに初代1位となって以来の上位常連という金銭的体力を身につけている。今年3月発表の昨季マネーリーグでは、総売上5億5800万ユーロ(約764億円)の5位。バルセロナを2400万ユーロほど下回っているが、前年に当たるパンデミック前の2019-20シーズンから約1億3100万ユーロ減のバルサが首位から4位に順位を下げる傍で、4位だった前年からの減額を2200万ユーロ程度に抑えているあたりはさすがだ。

 由緒あるクラブを最大限に商品化したユナイテッドは、チームとしては2013年のサー・アレックス・ファーガソン監督勇退を境に競争力が落ちても、国際的なブランドとして高い収益力を維持している。本書の中で、「マンチェスター・ユナイテッドで成果を上げているやり方の中で、使えそうなものを片っ端からコピーした」と認めているのは、バルサの収益が倍増した03年から08年にCEOを務めたフェラン・ソリアーノ(現シティCEO)。今後も「手本」を見習えば、著者が言うように、現任の管理職者が「今後25年間は、過去25年間ほどの成功を収めることのないシーズンが続く」と覚悟しているという“メッシ後”にも、ピッチ上の成績に左右されないピッチ外での成功がもたらされるかもしれない。

現在は「オリジナル」のライバルクラブであるシティでCEOを務めているバルセロナ出身のソリアーノ(写真右)

チェルシー存続危機で呼び声高まる「民主制」

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Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

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