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波紋を呼んだ差別発言疑惑――人々の問題意識を呼び覚ます

2020.10.06

 9月13日のパリ・サンジェルマンvsマルセイユ戦でのネイマールとアルバロ・ゴンサレスによる差別発言問題は、プロフットボールリーグ(LFP)の懲戒委員会が証拠不十分により両者とも無処分としたことをもって、ひとまず決着がつく形となった。

 とはいえ、ネイマールが酒井宏樹にぶつけたとされる差別発言も「なかったこと」にされるなど、スッキリとした結果とはほど遠い。

 しかし、普段はサッカーを見ない人たちとの会話の中でもこの一件が話題になるなど、フランスではあらためてサッカー界の差別問題が注目されるきっかけになっている。

会長の発言が物議

 とりわけ注目されたのは、PSGvsマルセイユ戦の数日後、この問題について意見を求められたフランスフットボール連盟のノエル・ル・グラエ会長のコメントだ。

 彼は「黒人選手がゴールを決めた時も、スタンドは総立ちで喝采を送る。スポーツ界、とりわけフットボール界に人種差別はほぼない。あるいはごく希少だ」とテレビカメラの前で言ってのけた。

 これに対してネット上では「彼は別の惑星に住んでいるのか?」「いますぐ会長を辞任させるべき」といったコメントがあふれた。実際、ちょっとびっくりするくらい思慮のない発言だった。

 現ニース監督の元フランス代表MFパトリック・ビエイラも、定例会見中にアルバロとネイマールの無罪放免について意見を求められて「何の処罰もなかったことには憂慮している」とコメントした後、こう付け加えている。「でも驚かない。会長の発言を聞いてもね」

エブラが暴露した代表の実情

 フランス代表元キャプテンのパトリス・エブラは、自身のインスタグラムに8分を超える熱弁ビデオをアップして「おい、何言ってんだ? 正気か? 超絶アタマにきたぜ!」と、代表時代の数々のエピソードを交えて真っ向から非難している。

 「サンタクロースさん、お空から降りてきたら、どうかル・グラエを追い出してください~。だって彼は本当にとんでもない人だから」

 とかわいらしく歌いながら始めたこのメッセージの中で、エブラは「代表合宿中には『ディディエ(デシャン)、猿たちを連れてとっととアフリカに失せろ』といった人種差別的な内容の手紙が送られてくることはしょっちゅうで、肌が黒い自分たちは(同じような色をした)大便よりも敬意を示されていない」と主張。合宿所に箱詰めにされた大便が送られてきたこともあった、という信じがたい衝撃告白をしている。

元代表主将のエブラは自身のSNSで人種差別の驚くべき実情を暴露した

 また、合宿では食事の席は決められているらしいが、大統領や政治家が訪問した時にはいつもの席順が突如変えられ、大統領らの隣にはウーゴ・ロリスやローラン・コシエルニーといった肌の白い選手を座らせて写真に収まる、という驚きの実態も明かされた。

 確かに、前大統領フランソワ・オランドの両隣にロリスとコシエルニーがいる写真は実際に見たことがある。

 「そりゃママドゥ・サコやバカリ・サニャと一緒の写真よりも見栄えがいいからね。でも俺たちには文句は言えないんだ。言ったらコレだから」とエブラは親指で喉を掻き切るジェスチャーをしてみせた。

 つまり差別問題を口にするのはタプーだということ。エブラはビデオの冒頭で「何だって言えるよ。だってもうフランス代表じゃないもん」と言っていたが、これは紛れもない事実なのだろう。

声を上げるには覚悟がいる

 タブーである理由は何かと考えると、一番はイメージを大事にするスポンサーや放映権といったビジネス面への忖度だ。

 今回のアルバロとネイマールの件にしても、リーグ・アンの放映権を今季から年間15億3000万ユーロ(約1900億円)という莫大な金額で買い取った『Mediapro』やスポンサーからの圧力が影響していたのでは、と深読みする人は少なくないはず。

 サッカーにおいては選手たちが主役であるはずだが、その彼らが思う存分活動できる環境を用意するには、スポンサーや放映権料の力が不可欠、という皮肉なサイクルができあがっているのが実情だ。

 今から8年前、チェルシーのジョン・テリーがQPRのアントン・ファーディナンドに差別発言をしたとして問題になったことがあったが、アントンの兄で、テリーとはイングランド代表のチームメイトだったリオ・ファーディナンドが、数カ月前のインタビューでこんなことを言っていた。

 「我われ選手にも、クラブにも、プレミアリーグにも、選手会にも、サッカー協会にも弁護士がいて、それぞれが『君にとって最善なのは』『クラブにとって良いのは』、あれにとって、これにとって一番良い方法は……と言ってくる。そのうち訳がわからなくなって、もうとにかくアドバイスに従って、みんなにとって一番良い方法を選ぼう、となってしまう」

 そうして、当時、事件のあった時すぐに弟のために声を上げなかったことを、彼はいまだに後悔しているそうだ。

 とはいえ、ネイマールを敵に回したアルバロも命を脅かす脅迫を受けたと言っていたし、アントン・ファーディナンドも非難や脅迫を受けたというから、声を上げるにも相当な覚悟がいる。

「差別用語はまったくの別物」

 今回の件については、フランス在住のブラジル人や、移民系フランス人の友人など、さまざまな境遇の人たちと話す機会があった。

 ブラジル人の友人は、ネイマールが酒井に言ったとされている「Chino de mierda(クソったれ中国人)」はブラジル的にはけっこうな暴言で、相手から糾弾されて当然の言葉だとつらそうな表情をした。その上でこうも言っていた。

 「お恥ずかしい話だが、ブラジルではまだまだ教育水準が高くない。人にどんなことを言ったら失礼にあたるか、そういった礼儀の部分についても、子供の頃からきちんと教えられていない人は多い。ネイマールもその1人だ」

 無知や礼儀作法のあるなし、といった教養の問題……。

 海外では「ニーハオ!」や「チャイナ!」と声をかけられたり、「つり目のジェスチャー」をされたりして微妙な気持ちになることはあるが、それも無知からくるものだと捉えていたから、その意見に納得、という感じだったが、子供の頃から差別を受けてきたという移民系フランス人の友人はその考えを一蹴した。

 「汚い罵り合いの言葉はある。自分も使うことはある。でも、それと差別用語はまったく別物で、教育とは関係ない」

 そしてそこから2時間ほど、「サル」がいかに長い歴史を経た蔑称であるかなど、人種差別の歴史や実態を聞かされた。あまりに膨大な内容なのでここには書き記せないが、差別される側はどれだけの屈辱に耐えてきたのだろう、欧州に長年住んでいながら人種差別に対する自分の認識はなんて甘かったのだろう、と思い知らされ、あらためてしっかり勉強しようという気持ちになっている。

 同じようにメディアでも、ル・グラエ会長のトンデモ発言に対する反論も含め、サッカー界にはまだまだ差別が存在している、と訴える声が上がっている。

 ネイマールとアルバロの件は、本人たちにお咎めなしという形に終わったが、人々の問題意識を呼び覚ますきっかけになったことに関しては、意義があった。


Photos: Getty Images

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Profile

小川 由紀子

1992年より欧州在住。96年から英国でサッカー取材を始め、F1、自転車、バスケなど他競技にも手を染める。99年以来パリに住まうが実は南米贔屓で、リーグ1のラテンアメリカ化を密かに歓迎しつつ、ブラジル音楽とカポエイラのレッスンにまい進中。