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失敗を糧に成長中のティエリ・アンリ。MLSに“インパクト”を残せるか

2020.03.23

 フランスのサッカー番組で、久々にティエリ・アンリの近況が伝えられた。

 アンリは現在、カナダのモントリオールを拠点とするモントリオール・インパクトで指揮を執っている。インパクトは2012年からMLS(メジャーリーグサッカー)に参戦していて、2月の最終週に2020年の新シーズンが開幕したのに合わせて、彼の新天地での様子が伝えられたのだった(注:第2節を消化した時点で、新型コロナウイウスの感染拡大により休止中)。

指揮するのは“多国籍軍”

 2014年12月に現役を引退したアンリは、その後テレビ解説の仕事をするかたわら、古巣アーセナルのユース部門でコーチ業を開始。2016年8月にはベルギー代表のアシスタントコーチに招へいされ、ロベルト・マルティネス監督の下、主に攻撃サイドの指導を担当した。

 そして昨シーズン、出身クラブのモナコで初めてプロクラブの監督に就任した。チームが18位と低迷していた10月、それまで4季率いたレオナルド・ジャルディン監督から引き継いだが、全コンペティション合わせた20試合で5勝4分11敗。その間にUEFAチャンピオンズリーグとフランスカップから敗退し、リーグ1で順位を1つ下げた時点で、前任者のジャルディンに采配を返す形になった。およそ3カ月間の“100日天下”だった。

 しかし、この経験はアンリにとっては貴重な勉強の機会となった。

 今回は、開幕に向けてしっかり準備をする時間を得るべくシーズンオフの11月に着任。チームはアメリカとカナダを筆頭に、キューバ、フィンランド、フランス、スペイン、ナイジェリアなど各国の選手が集まる多国籍軍で、アンリはトレーニング場では英語とフランス語を使っている。

 メンバーには元フランス代表でマルセイユに所属したDFロッド・ファンニや、サウサンプトンで吉田麻也のチームメイトだったケニア代表FWビクター・ワニャマ、松井大輔も所属したグルノーブル出身のサフィール・タイデルなど、馴染みの顔もいる。

 そしてスタッフの1人、GKコーチはリヨンに12シーズン在籍したレミ・ベルクートルだ。

選手は“アンリ効果”を実感

「相当なチャレンジが必要なことはわかった上でここに来た。まず私がこのチームに注入したかったのはスピリッツ。みんなの士気を上げることは非常に重要で、そのためにはジョークで笑い合ったり、より親密なコミュニケーションを取ったりすることが必要な選手もいる。しかし最も大切なのは勤勉であることだ。ハードワーク、それにプロフェッショナリズム。それらを基本姿勢とした上で、ピッチ上での細かい点や、どのような動きが効果的か、といった特定の事例について指導していきたいと思っている」

 インパクトでの抱負を、アンリはそう語った。

 昨季のチームトップスコアラー、サフィール・タイデルは「新監督は若くて選手たちと年齢も近いから、一緒にジョークを言って笑い合うこともある。でも、トレーニングではあくまで厳しく、勤勉さを求められる」と新監督の印象を語り、リヨンの育成組織出身であるDFザシャリー・ブロウルト・ギヤールは、「(アンリは)トレーニング中の態度や行動の仕方を変えていった。彼が来る前に比べて、全員の戦闘力がはるかにアップしている。そして、それはパフォーマンスにも反映されている」と、“アンリ効果”を早くも実感しているようだ。

 アンリの同胞であり、貴重な懐刀でもあるベルクートルGKコーチによると、新監督は朝6時半から夜20時まで、みっちり活動しているという。

 「寝ても覚めてもフットボール、というような人物だ。だから我われスタッフも彼のリズムに合わせるように努力している」

現役時代のベルクートル。2018年に引退するまで22年にわたり現役でプレーした

モナコでの失敗をモントリオールで生かす

 公式戦の初陣は2月19日、CONCACAFチャンピオンズリーグのラウンド16だった。ここでコスタリカのデポルティーボ・サプリサを総計2-2ながらアウェイゴールの差で破り、準々決勝進出が決定。リーグ戦でも2試合で1勝1分とまずまずの好発進だ。

 ただ、昨シーズンのチームトップスコアラーが9得点と、オフェンスに破壊力がない印象もある。6シーズン在籍したアルゼンチン人FWイグナシオ・ピアッティも離脱した。新たに迎えたワニャマに、パワフルシュートを炸裂させてほしいところだ。

 ケヴィン・ギルモア会長は、これまでのアンリの采配について「最初はスピリッツを注入する面での影響力を感じ、徐々にピッチ上でも彼の手腕が発揮されてきた。それぞれの試合に応じて違ったアプローチやメンタリティで挑むといった点で特にそれが見える。すでにチームに大きな影響を与えているように思う」と、手ごたえを感じているようだ。

 モナコでうまくいかなかった要因の1つには、選手との間の温度差もあった。ちょうど選手を入れ替えるタイミングにあって20歳前後の若手選手が多く、一部の選手からは「アンリは自分と同じレベルで全員がプレーできると思っているが、彼の指示どおりにできるのはセスク(ファブレガス)くらい。それでイライラされても困る」といった苦情も漏れ伝わってきた。

 そのこと暗に示唆するかのように、アンリは番組内でバルセロナ時代に指導を受けたペップ・グァルディオラの言葉を引用してこう語っている。

 「選手がいなければ監督なんておしまいなんだとペップはいつも言っていた。『選手が自分の指示を聞いてくれなければ監督は終わり。言っていることを理解してもらえなければ終わり。自分が望むクオリティの選手がいなければ終わり』だと」

長期的なチーム作りを渇望

 一方、ベルギー代表でタッグを組んだマルティネス監督は「自分がトップレベルの選手だった人間は、そのノウハウを伝えるのが必ずしもうまいわけではないが、ティエリにはその才能がある。彼は自分の経験を通じて選手たちを成長させられる指導者だ」と、アンリの指導力に太鼓判を押している。

 実際、ベルギー代表のオフェンスが魅力的であることは、2018年のW杯ロシア大会で対戦した日本も痛感している。

 「指揮官にはそれぞれプランがある。しかし、それを落とし込むのにどれくらいの時間がもらえるのか。3週間か、6カ月間か、1年か……。いずれにしても、すぐに代わりを見つけられる世界だ。『リバプールはすごいチームだ』と誰もが言うが、それは彼らが1人の監督にチームを構築する時間をじっくり与えたからでもある」

 シーズン途中からの立て直しで苦労しただけあって、アンリは長期的なチーム作りを渇望しているのだろう。

 NYレッドブルズのスター選手だった彼は、MLSファンにも人気がある。モントリオール到着時には、サポーターから熱烈な歓迎を受けた。みな成長過程にあるチームを、フレッシュな監督が進化させてくれることを期待している。

 インパクトのスタジアムには、スタンドに大きな鐘がある。ゴールが入った時や試合に勝った時、サポーターが豪快に鳴らすのがお決まりだ。

 今年その鐘は、何度鳴り響くことになるだろうか。

Photo: Getty Images

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ティエリ・アンリモントリオール・インパクト

Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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