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ALSという難病と闘う炎の男。元オランダ代表DFリクセンの今

2019.08.07

フェルナンド・リクセンに贈られたチャント

 AZ対フォルトゥナ・シッタルトの開始12分、ホームのサポーターも、アウェーのサポーターも関係なく、観客が席を立って拍手をし始め、フェルナンド・リクセンにチャントを贈った。今、彼はALS(筋萎縮性側索硬化症)と戦っている。

 フォルトゥナ・シッタルトのアカデミーからプロになり、AZ、グラスゴー・レンジャーズ、ゼニトでトップフットボーラーとして活躍したリクセンは、現役の最後を当時、オランダ2部リーグだったフォルトゥナ・シッタルトに戻って過ごし、3年間プレーして、2013年に引退した。

 引退してから間もない13年10月、リクセンはオランダの人気トーク番組『デ・ウェーロウト・ドラーイト・ドール(世界は回り続ける)』に出演した。自伝『フェフトルスト(ファイティング・スピリット)』の発売を目前に控え、ゲストに呼ばれたのだ。

 司会のマタイス・ファン・ニーウケルクが「フェルナンド・リクセンは一流のサッカー選手でしたが、アルコール、数多くの女性、さらにはロシア(ゼニト時代)でコカインの問題がありました。そんな彼が自伝『ファイティング・スピリット』を上梓しました。今日のゲストはフェルナンド・リクセンです!」とリクセンを紹介した。

 「明日から書店に並ぶから、皆さん、お手にどうぞ」とにこやかにリクセンが語る。

 「本にはアルコールや女性のことも書いてありますが、あなたが素晴らしいサッカー選手だったことも忘れてはいけません。ちょっとここで、あなたのキャリアを振り返ってみましょう」

 スタジオに現役時代のリクセンのプレー映像が流された後、さらにインタビューが続いた。リクセンのしゃべりはキレがなく、かなりたどたどしい。SNSには「リクセンが酒を飲んで酔っ払ったまま、テレビに出ているぞ」という書き込みがあったという。

 ファン・ニーウケルクは「ちょっと、あなたのしゃべり方が遅いように感じるのですが、いったい、どうしたんですか?」とリクセンに訊ねた。リクセンが涙ぐんだ。

 「今、ちょっと話すのが難しいんです。1カ月前、病院で検査を受けたところ……ALSでした」

リクセンがファンの前に姿を出す理由

 スタジオがシーンと静まり返った。リクセンと言えば非常にアグレッシブなプレーと荒々しいピッチマナーで知られた炎のサイドバックだ。ピッチの外では破天荒で、試合が終われば酒場から酒場を渡り歩き、遠征先や合宿中の度を過ぎたいたずらも枚挙にいとまがない。グラスゴー・レンジャーズで主将を務め、2005年にはスコットランド年間最優秀選手に選ばれ、ゼニト時代にはUEFAカップを優勝した一流選手ながら、オランダ代表のキャップが12回にとどまったのは、彼のピッチ外での振る舞いが影響した。

レンジャーズで活躍した当時のリクセン(左)

 見方を変えれば、常にリクセンはエネルギッシュな人物だった。しかし、引退してから半年しか経ってないのに、進行を止められない難病にかかり弱々しくなってしまったアスリートの姿に、オランダ人は大きなショックを覚えた。

 2014年5月にはフォルトゥナ・シッタルトが、15年1月にはグラスゴー・レンジャーズが、リクセンのためのチャリティーマッチを行った。最初のチャリティーマッチでは、リクセンも後半途中からプレーしPKを決めたが、アイブロックスでの試合ではキックオフの始球式でボールをちょんと蹴った後、バランスを崩して倒れてしまった。

 やがて、リクセンは歩けなくなり、車椅子でファンの集まりに姿を現すようになった。しゃべることに関しても、今はコンピューターに文字を打ち込んで音声を出している。オランダのサッカーファンは、こうした姿を時折目にすることで、ALSという難病がどういうものか、考え、理解するのである。

 リクセンが積極的にメディアやファンの前に出てくるのは、彼の家庭が経済面で困窮に貧していることもあるが、自身の姿を見てもらうことでALSとは何なのかということを知ってもらいたいという一面もある。イギリスで作られたドキュメンタリー番組では、水を飲むことさえ喉につっかかるシーンがあった。

 「死ぬことは怖くない。ただ、日常生活を誰かに頼まないと送れないことが悔しいんだ」とリクセンは言う。

 7月26日、リクセンはグラスゴー近郊の病院で43回目の誕生日を迎えた。スペインに住む妻と娘はクラウドファンディングによって集めたお金でスコットランドに飛び、病院で誕生日を祝った。6年前、初めて病気を明かしたとき、余命は半年ほどと宣告されていた。今もリクセンのファイティング・スピリットは健在だ。


Photos : Getty Images

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中田 徹

メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。