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報道もルールも再考が必要…人種差別発言騒動の顛末と今後の課題

2021.04.13

 カディスのDFカラがバレンシアのDFディアカビを「クソ黒人」と呼んだとされる事件に一応の決着が付いた。録音や映像素材はもちろん、読唇術まで動員してラ・リーガが調査を行ったが、人種差別発言を確認できなかった。

 有罪なら2年から5年の出場停止となっていたカラは無罪となったが、それでも今回の一連の騒動はいくつかの課題を残した。

メディアは冷静に伝えるべき

 第1に、推定無罪が守られなかったこと。有罪と判定されるまではいくら有罪らしく見えても無罪。つまり、カラは無罪として扱われるべきだった。が、そうではなかった。

 試合翌日の『マルカ』紙の一面の見出しは「君は1人ではない」。紙面を黒く塗り潰し、腕組みして座るディアカビの写真を抜いた。人種差別発言があったことが前提となっている紙面作りである。

画像右上が『マルカ』紙の紙面。人種差別発言があったことを前提とした紙面となっている

 この“推定有罪”の根拠とされたのが①ディアカビの我を失った反応と②「クソ黒人」という録音だった。だが、①には聞き間違いの可能性が、②にはカラのものではない可能性――例えばディアカビが審判に訴える音声だった――があるが、それは考慮されなかった。

 人種差別という重大な問題の反応はどうしても感情的になりがちだ。バレンシアがディアカビを、カディスがカラを100%信じたのは当事者だから当然だが、それを伝える第三者であるメディアは冷静になるべきだった。

 第2に、人種差別の疑いを理由とする試合放棄へのペナルティを再考すること。

 バレンシアの選手たちはグラウンドから引き上げたが、説得され試合の再開に応じた。理由は、不戦敗と勝ち点3の減点というペナルティを恐れたからだ。

 仮にカラの人種差別発言があったとすると、試合放棄にも相応の理由があったわけで、ペナルティを科されるのはカディスの方だろう。試合放棄を奨励するわけではないが、何らかのルール的な配慮は必要だろう。

人種差別者はどこにでもいる

 第3に、「スペインサッカー界に人種差別はない」という類の不毛な議論はもうたくさんだ、ということ。

 世界のすべての国と同様、スペインに人種差別はある、人種差別者はいる――これが議論のスタートになるべきだ。

 差別者がスタジアムを訪れるか? 「間違いなくイエス」。選手の中に差別者はいるか? 「多分イエス」。よって、スペインサッカー界にも差別者はいる。圧倒的に少数派であるが、有無を問われれば「イエス」。これでいいではないか。馬鹿はどこにでもいるのだ。

 私の経験では、指導者としてグラウンドに立っている時には皆無だが、スタジアムでは嫌な思いをしたこともある。

 変な愛国心であるものをないことにするのは、逆に愛するスペインのためにならない。だからこそ、今回の騒動もこの国の人種差別解消のためにぜひ役立ててほしいと願う。


Photo: Getty Images

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カディスバレンシアムクタル・ディアカビ

Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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