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ひたすら練習あるのみ。最高のゴールを決めたベルカンプの教え

2020.11.03

 現代サッカー界に欠けているのは「創造力」ではなく「発想力」かもしれない。少なくともオランダの英雄はそう感じているようだ。

育成専門コーチを希望

 先日、マンチェスター・ユナイテッドvsアーセナルの大一番を見ていて懐かしい気分になった。アーセナルの中盤には、さながらパトリック・ビエラのようにすべてを支配するトーマス・パーテイが君臨し、前線にはティエリ・アンリのような軽快な身のこなしで疾走するピエール・エメリク・オーバメヤンがいた。

 そして最終ラインでは、ソル・キャンベルのような堅守を誇りつつ、それでいて大先輩より何倍も足技に優れたDFガブリエウが敵の攻撃を跳ね返した。お互いが長所を消し合うような戦術戦で退屈だったが、それでもアーセナルには黄金時代の面影がうっすらとだが見えた。

 しかし、どこを探してもあの名選手の再来はいなかった。いや、これはアーセナルだけの話ではない。今のサッカー界には、デニス・ベルカンプのような選手はいないのかもしれない。だからこそ『BBC』に掲載された同氏のコラムが非常に興味深かった。

 現役時代、ベルカンプは何でも自分で問題を解決できたと話す。「ヨハン・クライフやアーセン・ベンゲルといった監督とは哲学を共有していた」が、決して監督の助言を必要とはしなかったという。だから指導者の道に進んだ彼は、第2のデニス・ベルカンプを育てるのではなく、もっと教えがいのある選手、いろいろと悩みを抱える若手を育てたいそうだ。

 2017年にアヤックスのアシスタントコーチを離れて以降、フルタイムでの指導から離れているベルカンプは、監督ではなく育成を専門にするコーチになりたいと話す。「現役時代のようにラインの間で働きたい」そうだ。純粋なFWでもMFでもなく、その間で決定的な仕事をしてきた男は、「ユースチームとファーストチームという2つの島を結ぶ」コーチが自分には理想的だと考えている。

 そして育成論を展開した。「世の中には選手の40~50%を変えることができると考える指導者がいるが、私はそうは思わない。ユースの育成でも、コーチが手伝えるのは数%だけなんだ。でも、それで十分なんだ。特にトップレベルではね」

伝承したいクライフの教え

 そして、アヤックス時代にクライフ監督から教わったことを伝承したいと言う。

 アヤックスでは、選手には4つの要素があると考えられているそうだ。「戦術面」、「技術面」、「フィジカル面」、そして「メンタル面」だ。そのすべてが満たされないと、最高峰のレベルでは通用しないという。

 それを踏まえた上で、いくつか選手の鍛え方を紹介した。試合中に審判に文句を言う子には、練習中に周りの選手に彼を狙わせるという。そして、練習中は彼へのファウルを一切取らないようにする。そうすれば、嫌でもその子はうまく対応するようになるという。

 さらに、ベルカンプは若手の頃、FK守備時の壁で一番外側を任されたという。そうなると、必然的にGKとコミュニケーションを取らないといけない。そうやって若手の責任感を育むことができるそうだ。

「練習が完璧を生む」

 そんなベルカンプは、現代サッカーに危惧することがあるという。それは「教え過ぎ」という問題だ。

 今は育成環境や指導法が確立されているため、選手が「クリエイティブ」を発揮する場が奪われているという。「“プレステ指導者”がコントローラーを持って指示し、選手はそれに従うだけで、自分で考えなくなった」と指摘する。

 そのベルカンプが「クリエイティブ(創造性)」より頻繁に使った単語は「インベンティブ(発想力)」だった。今の世の中はいろいろな娯楽で溢れかえっているため、指導を受ける場でしかサッカーをしない子も珍しくないという。だが、ベルカンプは子供の頃、毎晩のようにストリートサッカーに興じるのが当たり前で、その頃に比べると今の子供たちは1週間に15時間以上もサッカーをする時間が少ないと嘆く。

 そしてケビン・デ・ブライネを例に出し、優秀な選手はボールを見なくてもボールの位置が分かるので、常にスペースを探していると話す。ベルカンプは「スペースを見つけることが最も重要だ」と説き、それができるのは若い頃からずっとボールに触れてきたからだと説明する。だからこそ少年少女へのメッセージは「練習、練習、練習」だという。

 2002年のニューカッスル戦で「プレミアリーグ史25年間の歴代最高ゴール」に選ばれたゴールを決めた男は、このスポーツの歴史において最も発想力が豊かだった選手の1人だ。だから発想力を大切にするが、そんな彼でも現役時代も、指導者になった今も、信念は変わらない。

 「練習が完璧を生む」。指導者ベルカンプの今後に期待したい。


Photo: Getty Images

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アーセナルアヤックスデニス・ベルカンプヨハン・クライフ

Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。

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