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「歩く」ことで守備者から消える――39歳のメッシが体現する、オフ・ザ・ボールの新しい教科書

2026.06.25

【特集】北中米W杯深掘り分析スペシャルレビュー#3

4年に1度のW杯は、後世に語り継がれる名勝負の宝庫だ。しかし高度化した現代サッカーの裏側には、徹底した分析と綿密なシミュレーションに基づく極限の戦術的駆け引きが存在する。footballista編集部が選んだ識者たちが、注目国同士による「本気の闘い」を深掘りレビュー。あの90分で何が起きていたのか。勝敗を分けた戦術の妙に迫る。

第3回は、39歳を迎えたリオネル・メッシがオーストリア戦で見せた「異質なフリーになる技術」を分析する。なぜ世界中から警戒される選手が、歩いているように見える動きだけで守備網の隙間に入り込めるのか。ゆっくり動く、数歩だけ位置を変える、パス交換で侵入する――現代サッカーが失いつつあるFootballの本質を、メッシのプレーから読み解く。

 第1回のブラジルvsモロッコのマッチレビューでは、一貫性のあるフレームワークのもと分析を行いたいという提示をさせていただいた。今回もその観点は継承しつつも、とはいえ話題の中心にメッシを持ってこないわけにはいかないだろう。

 正直に言えば、半信半疑だった。Footballの歴史上最高の選手といえども、39歳になる。前回大会では悲願のW杯優勝を成し遂げ、彼の物語としてもグランドフィナーレを感じさせた。いくらメッシでも、今大会は限界を感じさせるパフォーマンスになってしまうのは、仕方ないのではないかと。それでも、もしかすると彼なら……と思い、アルゼンチンの試合のレビューを書かせてくれと大会前にお願いしていたが、しっかりお願いしておいて正解だった。

 メッシについて、リアルタイムで記事を書けるのはこれが最後かもしれない。だから、これはマッチレビューと言いつつ、同時にリオネル・メッシという男のプレーの分析でもある。「メッシの真似をしても上手すぎて意味がない」、「シュートやタッチの精度が高すぎてどうせ真似できない」、と人々は言うが、本当にそうなのだろうか。

 私には、彼のプレーはむしろもっと研究されるべき、Footballの本質に根差したものだと思えてならない。

ラングニックが作る「切れない守備ネットワーク」

 まずは、簡単に各チームの特徴を振り返っていこう。

 オーストリアの守備は非常に特徴的だ。

 ラングニックが率いるこのチームは、[4-4-2]をベースに、横方向に極端にコンパクトなブロックを組む。さらに、セット時には縦もコンパクトなので、ライン間の距離が圧縮され、結果として興味深い現象が起きる。

 現代Footballの守備はマンツー寄りの戦術でさえ、ゾーンの考え方が基礎にあるので、味方同士のポジションは互いを引っ張り合うような影響力を持つ。ゾーン的に言えば、連続的にディアゴナーレ(斜めのカバーリングの配置)を組むということだ。このディアゴナーレが作る構造と、互いを引っ張り合うような影響力を、それぞれ守備のネットワークとその張力と前回の記事で定義した。

 いわゆるゾーンDFにおける守備ネットワークでは、各ラインはある程度独立してネットワークを作る。独立した3ラインがそれぞれ弱い張力でつながるようなイメージだ。しかしオーストリアの場合、縦横ともに非常にコンパクトなので、ディアゴナーレした2トップの片割れと、相手ボランチに食いついたこちら側のボランチがほとんど同一ラインのように重なることで、新しく細かいライン=段差が生まれる現象が見受けられた。選手間の距離が非常に近いため、突発的かつ創発的に擬似的なラインが都度生まれては消えていく。

 この結果、守備ネットワークが非常に立体的かつ高密度になる。平面的に[4-4-2]を敷くのではなく、圧縮によって三次元的な守備構造を作り出しているとも言える。ネットワークの密度が高いということは、前回提唱したフレームワークで言えばすなわち「分断」が発生しにくいということだ。守備陣形が「分断」する、すなわちネットワークの張力が切れてしまい、そのスペースを利用されても陣形が回復しないような状況になってしまうと、決定的なピンチへとつながるので、オーストリアのこの守備構造は構造的に堅牢と言える。

 ただし、当然トレードオフとして、横方向に極端に狭くしている分、ピッチの幅を全てカバーすることは難しい。今日のCLなどでは、スキルとスピードを兼ね備えたウイングが増えてきたこともあり、極端に狭い守備陣系は内部の分断を防げる反面、この外側にできてしまう広大なスペースからゴールへの進入経路を作られてしまうような場面も散見された。

 このような「直通経路」を防ぐことと、高温の開催地での短期決戦であることなども踏まえて、現在ではラングニックといえども、基本的にはミドルハイの位置に守備陣形をセットする。真ん中3レーンを埋めるようにセットし、攻撃をサイドレーンに誘導する。ボールがサイドに出ると、一気にボール側に圧縮してプレッシャーを強める形だ。つまり、サイドはやや空いているように見える反面、中央が高密度なのを嫌って安易にサイドにボールを逃してしまうと、ものの数秒で窒息してしまう。この試合でもラングニックの狙いはたびたび機能していたように見えた。

 攻撃面についても触れておこう。

 かつてのラングニック派閥のFootballというと、ボールを奪ったら即座に縦に速く、という原理主義的なスタイルを想起するが、現在では攻撃のテンポについては明確な変化が見られる。前回の分析で触れた通り、現代サッカーでは守備側の安定性の復元スピードが格段に上がっている。そのため、単純なカウンター、擬似カウンターといったバーティカル(縦方向)な攻撃だけで試合を成立させるのは、体力的な面も含め現実的ではなくなっている。

 オーストリアもその流れに適応し、ポジショナルなプレーもかなり試みるようになっている。守備もかつてのような激しいハイプレス一辺倒ではなく、ミドルハイ、あるいはハイブロックでセットするようになったと述べたが、全体的にテンポをコントロールするような意図が見えるようになった。このあたりは、「ラングニック派閥のFootball」としては純度が下がったと言えなくもないが、現代のFootballの要請に応じてユニバーサルになったとも言える。とはいえ、普通にそのプレー強度は試合を通じて非常に高く、アルゼンチンに対しても多くに時間でストレスを与えることに成功していた。絶対的な崩しの核やフィニッシャーがいればもう一段上に行ける、質の高いチームと言えるだろう。

メッシという例外を許容する、アルゼンチンの有機的構造

 アルゼンチンの攻撃は、現代基準で見るとややレトロな面もあるが、基本はオーソドックスだ。幅を取るのはSBがベースで、右サイドではたまにデ・パウルが幅を取ることもあるが、役割は大きくは変わらない。SBやウイングの幅取りは、突破を目的としたものではなく、全ては中央でメッシを中心としたコンビネーションを生み出すための布石だ。

 ボールのつなぎ自体は丁寧で、細かいパス交換におけるポジショニングは胸が合っているし、テンポも悪くない。ただし、何か洗練されたギミックやシステム上の仕掛けがあるかというと、そういうわけではない。メッシは非常にゆっくりと動きながら、「最も利用価値の高いスペース」を見つけるまで自由にスペースを引っ越す。この動きに応じて、チーム全体の構造が微調整されるため、その過程でたまにバランスが崩れることはある。

 守備に目を向けると、知られているようにメッシの活動範囲は非常に限定的で、これは当然全体の設計に大きく影響を及ぼす。一方で、おそらくバルサ時代の晩年に比べると、これでも守備自体は部分的であっても行ってくれるイメージもある。であれば、メッシの周囲の守備ネットワークの張力が切れないようにすることで、メッシもなんとか守備構造に組み込めるので、チーム全体がミドルブロックを基本とするのが合理的だ。切り替え時の守備強度は高いが、一度セットディフェンスに移行すると、ブロックの位置を上げきれず、さらに1stDFの強度もそれほど高くはないため、守備の時間は長くなる傾向がある。

 ただし、メッシの守備への貢献を「活動量が低い」の一言で片付けるのは正確ではない。彼はそもそもがポジショニングの天才なので、守備におけるポジショニングも本来非常にクレバーな選手だ。体力的な衰えや、異常すぎる得点関与を当然のものとして長年求められるようなことがなければ、非常にモダンな攻守コンプリートな選手になっていた未来もあるはずだ。

 というわけで、活動量と範囲は限定的ながら、そのポジショニングは毎回絶妙で、常に複数の相手選手のパスコースの中間点に立っている。これにより、相手のビルドアップにじわじわとストレスを与えている。相手からすれば、間違ってもメッシのところでボールを引っかけられてカウンターを食らうのは避けたい。結果として、低い守備強度の割に、相手は中央を迂回してくれる。

 全体として見ると、アルゼンチンは決して「最強のチーム」ではない。

 少なくとも、フランスやスペインなど、クオリティと活動量、戦術的完成度を兼ね備えた「最強格」からは明確に一段から二段劣るチームのはずだ。高齢化は進んでいるし、攻撃の選択肢は中央からのアプローチにほぼ限定されているし、守備強度も高くはない。前回の分析で言う「メタゲーム上の戦術的・戦略的選択肢の多さ」では、ブラジルやモロッコと同様に、あるいはそれ以上に限られている。それでも、この試合で彼らが見せたものは、疑いの余地もなく“Football”だった。

世界中が警戒しても、なぜメッシはフリーになるのか

 さて、両チームの特徴を軽く確認したところで、本題となる「メッシの分析」に移ろう。

 なぜなら、チーム同士のぶつかり合いの帰結としても、結局「メッシが試合のほとんどを決めてしまった」と言えるからだ。オーストリアには(メッシほどとは言わなくとも)決め手となる選手がいなかったし、アルゼンチンも、もしメッシがいなければ全く異なるメカニズムでゲームを決める必要が出てくるからだ。

 メッシは、強みが多すぎるというか、どの能力をとっても世界一、いや歴代最高クラスという圧倒的外れ値なので、確かに分析しろと言われても難しい。しかし、私にとってメッシという選手の本質的な武器は、シュートの精度やドリブルの切れ味といった「目に見えやすい」部分ではない。むしろ、38歳の今だからこそ浮き彫りになる、Footballの本質に根ざした「見えづらい部分」にこそ、分析すべき、学ぶべき価値があると考えている。

 メッシのプレーで、「可視化されづらいが飛び抜けている」ものは、以下の2つだろう。

・ボールを受ける上手さ

→なぜあれだけ「メッシとして」警戒されているのに、いつの間にかフリーになっている、スペースを見つけているのか

・「パス交換」の上手さ

→なぜメッシを除いて、このプレーは現代において絶滅しつつあるのか、なぜメッシは依然としてこの形で守備陣を破壊し続けいているのか

 まずは①のポジショニングとフリーになる技術についてだ。

 メッシがボールを受けるルートは、大きく3つある。「後ろから縦パスを受ける」、「幅を取ったプレーヤーからボールを受ける」、そして「クロス」だ。いずれのパターンにも共通する原則がいくつか見受けられる。

・ボールに近寄らない
・相手から離れている
・ゆっくりと、そしてわずかに動く
・相手から強く監視されていないスペースで受ける
・慌ててボールを受けない、特に1個目のタイミングは本命ではない
・強く監視されている場合はスペースを“引っ越す”
・ライン間の危険な位置でボールを受けることを目指す
・ライン間が詰まっている、あるいは監視が強い場合は手前でボールを受けてライン間に侵入する

 これらはいずれも、メッシのオフ・ザ・ボールの動きを意識してみれば観測できるものだが、ポイントはこれらの原則は一つひとつが独立して作用するものではなく、相互に効果をサポートし合い、安定した構造を作り出していることだ。これらの原則は、よく見ると方法論(=How)と目的意識(=For What)に分かれていることがわかる。

……

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Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd

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