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紫の魔法使い、トルガイ・アルスラン。ゴール量産の秘密は「マジック」ではなく「ロジック」

2024.09.06

【特集】Jで活躍する外国籍選手の条件#1
トルガイ・アルスラン(サンフレッチェ広島)

若手を中心に海外移籍が加速し、選手編成の流動性が増している近年のJリーグだが、外国籍選手の国籍もヨーロッパや南米だけでなく、アジア(+オセアニア)、中東、アフリカなど多様化している。様々なバックボーンを持つ“助っ人たち”が日本に渡ってくる中で、Jリーグで活躍できるのはどんな選手なのだろうか? 各ケーススタディを掘り下げつつ、通訳や代理人の考察も交えて迫ってみたい。

第1回は、加入後公式戦7試合7ゴールでJ1・サンフレッチェ広島のリーグ7連勝&首位奪取に貢献したトルガイ・アルスラン。ドイツの名手はどういう経緯でやって来て、チームにどのような影響を与えているのか、様々なクラブ関係者の証言を交えて伝えてもらおう。

紛れもなく「本物」だった

 本物が、来てくれた。トルガイ・アルスラン、紛れもなく「本物」だった。

 来日して初めてチームトレーニングに参加したのは、7月29日のこと。この日はサンフレッチェ広島のトレーニングは1週間のオフ明け。ミヒャエル・スキッベ監督はまだ広島に戻っておらず、有馬賢二ヘッドコーチ指導のもと、軽いメニューに終始した。その段階からトルガイのボール扱いの上手さは際立っていた。

 「まだほんのちょっとしかやっていないですけど、それだけでも足下の技術の高さは感じるものが多かった」

 練習2日目、加藤陸次樹は新加入の外国人選手と一緒に練習した感想をこう語った。ドウグラス・ヴィエイラは「本当に素晴らしい選手。クオリティが高く、技術が優れているね。自分が好きな(ゴールにつながる)パスを出してもらえると思うし、チームにとってプラスになる」と称賛。マルコス・ジュニオールも「クオリティを持っている。リズムと試合勘を取り戻し、広島の戦術理解度が高まれば、チームの力になってくれる」と語った。

 ミヒャエル・スキッベ監督はどう見たか。

 「トレーニングから、ビルドアップのところで積極的に関わってくれたし、自分の持てるテクニックを活かしてクリエイティブさを十分に発揮してくれる選手。6番(アンカー)や8番(セントラル・ミッドフィールダー)、10番(トップ下)と、真ん中のポジションは全部できると思うが、ディフェンスがメインの選手ではないね」

 誰もが、彼のクオリティを称賛していた。ただこの時は、監督も選手も、メディアも、筆者自身も、トルガイ・アルスランがリーグ戦5試合5得点、シュート6本中5本を決めるという桁外れの活躍を見せるとは、想像もしていなかった。

7月24日に行われた加入会見の様子

C大阪戦の2ゴールが与えた強烈なインパクト

 彼が初めて、自身の力を証明したのは8月11日のC大阪戦だった。

 63分、この日が広島復帰初戦となった川辺駿に代わって、ボランチに入る。この時点ではまだ、彼の「マジック」は披露されていない。転機は67分、中島洋太朗が満田誠と交代で入り、スキッベ監督の指示でシャドーにポジションを上げた時だ。

 78分、越道草太が放った斜めのクサビを17歳のJリーガー・井上愛簾がPA内で受ける。

 「最初は自分でシュートを打とうと思ったんですけど、ボールコントロールがうまくいかなくて」(井上)

 その時、彼の視界に入ったのはトルガイ・アルスラン。井上は丁寧に、パスを出す。

 左足を振った。ボールは地を這い、圧倒的なスピードでゴールネットを揺らした。

 信じがたい精度だ。

 彼が左足を振ろうとした時、筆者は「コーナーキックだ」と瞬間的に思った。彼の前にはC大阪の選手たちが乱立し、どこを転がってもボールが当たるように見えたからだ。この時は右ウイングのルーカス・フェルナンデスまでが戻ってきて、シュートブロックにいっている。トルガイ・アルスランは「シュートコース? 僕には見えていたよ」と後に語ったが、いったいどこにあったというのか。

 だが仔細に見てみると、ルーカス・フェルナンデスがブロックに行った時、わずかにジャンプしていることがわかった。そしてその下をトルガイは正確に射抜いている。

 ルーカス・フェルナンデスの後ろには西尾隆矢と鳥海浩司がいて、2人の間にはボール1つくらいの隙間しか空いていなかったのに、トルガイが放ったシュートはその隙間を走り抜けた。経験もあり、優れた能力を持つDFに足も出させないほどのスピードボールは、名手キム・ジンヒョンが一歩も動けないシュートとなってネットに突き刺さったのだ。

 確かに、このシュートを決めるのは、ここしかない。だが、果たして意図して、このコースにシュートを打てたのか。井上のパスをダイレクトで叩いたわけで、時間はない。ルーカス・フェルナンデスも鳥海も、最初からそこにいたわけではなく、動いていた。ルーカスが飛ぶことも、その足下にボール1個分のコースができることも、見抜いたというのか。

 「コースは見えていたから、特に考えることもなくシュートを打ったんだ。強く当たらなかったんだけど、そこに通せばゴールになると思ったね」

 この言葉を聞いた時は、「なるほど」としか思えなかった。だが、後に筆者は認識を改めることになる。

 さて、多くの人々に強いインパクトを与えたのは、85分のゴールの方だ。……

Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。