「これはチャンスかもしれない」サンパウロからウーゴを獲得した理由。「育成の水戸」の次なる野望
水戸ホーリーホック昇竜伝#14
J2の中でも少ないクラブ予算ながら一歩一歩積み上げてきた水戸ホーリーホックは、エンブレムにも刻まれている水戸藩の家紋「三つ葉葵」を囲む竜のようにJ1の舞台へたどり着いた今も、さらに高みを見据えている。困難な挑戦に立ち向かうピッチ内外の舞台裏を、クラブを愛する番記者・佐藤拓也が描き出す。
第14回は、J1初年度の水戸が初めて挑んだ、ブラジルの名門クラブからの選手獲得の舞台裏を追う。強化部の柏葉涼太が自らブラジルへ渡り、サンパウロFCとの関係を築きながら迎え入れたのは、22歳のMFウーゴだった。「育成の水戸」が日本人選手だけでなく、世界から才能を見つけ、育て、羽ばたかせるクラブへ。その新たな一歩には、水戸の未来を見据えた強化戦略があった。
水戸がサンパウロへ。J1昇格後に始まった「海外との関係づくり」
8月27日、ブラジル人MFウーゴの水戸ホーリーホック加入が発表された。
その前日にクラブ公式XでAI画像を用いながら、新戦力の加入発表を予告する投稿が行われていた。水戸にとってクラブ初の試みということで、大きな注目を集めた。
ウーゴ自身は高い技術とゲーム展開能力に長けた22歳の若き司令塔として将来を嘱望されている選手だが、プロでの実績は乏しい選手である。それでも、大々的にクラブとして獲得を発表したのには理由がある。ブラジルの名門・サンパウロFCから水戸が選手を獲得すること自体、クラブにとってビッグニュースであり、さらには強化部として新たなチャレンジを行って成立させたディールでもあったからだ。
強化部の柏葉涼太がブラジルに渡ったのは、嬬恋キャンプが終了した3日後のこと。急遽段取りが整ったため、行くことが決定した。実は日本人のみのチーム編成でJ2優勝を手にした水戸だが、25年シーズン後に初のJ1での戦いに向けて、外国籍選手の獲得が必須だという考えから、ブラジルに行って選手を探しに行く予定が立てられていた。だが、強化部の人事に動きがあったため、その時は「断念せざるを得なかった」と柏葉は振り返る。それから半年以上の月日を経て、ついに実現に至った。
18年から3年間、水戸で通訳を務め、現在ブラジルで代理人業を行っている松岡マリオ氏などの人脈をたどりながら、柏葉が向かったのはブラジルの名門サンパウロであった。
「すごく歓迎してくれた」
柏葉がそう言うように、クラブの様々な施設を見学させてもらい、さらには試合や練習も視察する機会が設けられた。そして、長い年月をかけてクラブとして成長していきながら、J1昇格を果たした水戸ホーリーホックというクラブの理念にも共感してもらい、交渉の中で様々な話が進んでいったという。
そして、選手獲得について交渉を進める中、サンパウロ側から提案されたのが、ウーゴの期限付き移籍であった。
名門が認めた才能。大ケガを乗り越えた22歳の司令塔
9歳から名門サントスFCのアカデミーで育ったウーゴはその後、元ブラジル代表DFエジミウソン・モラエスが代表を務めるFC SKAブラジルでプレー。そこでの活躍が認められて、24年にサンパウロFCに加入。育成組織「Cotia」に所属して、さらに才能が育まれていった。
そして、サンパウロU-20チームの中心選手として、2024年にコパ・ド・ブラジルU-20、2025年にはコパ・サンパウロU-20制覇に貢献した。その活躍が評価されて、2025年1月にはトップチームデビューを果たす。1月20日に行われたボタフォゴ戦で先発出場したウーゴはボランチとして68分間プレー。結果は0-0で終わったものの、ウーゴのサッカー人生の幕は大きく開いたかと思われた。
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Profile
佐藤 拓也
1977年生まれ。神奈川県出身茨城県在住のフリーライター。04年から水戸ホーリーホックを取材し続けている。『エル・ゴラッソ』で水戸を担当し、有料webサイト『デイリーホーリーホック』でメインライターを務める。
