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極限の撤退守備をどう崩すか。北中米W杯決勝でアルゼンチンを陥落させたスペインの「大外アタック」

2026.07.22

【特集】北中米W杯深掘り分析スペシャルレビュー #18

4年に1度のW杯は、後世に語り継がれる名勝負の宝庫だ。しかし高度化した現代サッカーの裏側には、徹底した分析と綿密なシミュレーションに基づく極限の戦術的駆け引きが存在する。footballista編集部が選んだ識者たちが、注目国同士による「本気の闘い」を深掘りレビュー。あの90分で何が起きていたのか。勝敗を分けた戦術の妙に迫る。

第18回は、スペイン対アルゼンチン。決勝は、大会を象徴する「保持」と「撤退守備」の最終決戦だった。変幻自在の立ち位置でボールを動かし続けるスペインと、CB2人の負傷と後半終了間際の退場というアクシデントに見舞われながらも組織を崩さず耐え抜いたアルゼンチン。延長戦まで続いた攻防を分けたのは、個のひらめきではなく、90分を超えて積み重ねられた戦術の蓄積だった。

「メッシを消す」ためのL.マルティネスへのプレス誘導

 準決勝イングランド戦では開始早々に乱闘を起こしたアルゼンチン。決勝でも気合いが入っているに違いないと想像していたが、それを超えるようなテンションではなく、むしろ冷静沈着に大一番に臨んでいるように見えた。もちろん、優勝が懸かっている舞台の大きさを考えれば当たり前じゃないかという指摘は甘んじて受け入れるが、個人的には意外だったアルゼンチンの冷静さが、開始早々から両チームの思惑をピッチに映し出す展開につながった。

 GKエミリアーノ・マルティネスにまでプレッシャーをかけるだけ、スペインのプレッシングのほうがハイプレッシングの雰囲気を纏っていた。ボールを保持することで試合の支配を目指す彼らからすれば、普段着でファイナルに臨んだことになる。今大会を通じて、[4-4-2]でのプレッシングを志向するスペインは、1トップのミケル・オヤルサバルが右CBクリスティアン・ロメロを強く意識することで、アルゼンチンのビルドアップが自然と逆サイドのCBのリサンドロ・マルティネスに導かれるようになった。

 ロメロとリサンドロ・マルティネスは、フリーになった味方にタイミングよくパスを通す能力を持っている。ボールを持たせるならどっちのほうがいいかと聞かれれば、甲乙つけがたいだろう。スペインの立場からすると、アルゼンチンにリオネル・メッシがいない左サイドからボールを運ばせることによって、メッシを試合から追い出そうという狙いがあったのではないだろうか。実際に前半のメッシは、ほとんどボールを触ることができなかった。

 そんなリサンドロ・マルティネス側での前進を、アルゼンチンは想定しているかのようだった。逆サイドのウイングのアレックス・バエナが熱心すぎる関係で、守備をさぼっているわけではないものの狙いやすい右ウイングのラミン・ヤマルの裏を突けるよう、サイドハーフのニコ・ゴンザレス、セントラルハーフのアレクシス・マカリステル、CFのフリアン・アルバレスを同サイドにそろえてきているからだ。その噛み合わせを考えると、リサンドロ・マルティネスへの誘導は困難に遭遇するような状況ではなかったのかもしれない。

席が空けば誰かが埋める――スペインの変形する[4-3-3]

 ハイプレッシングの雰囲気を纏っているスペインは、エミリアーノ・マルティネスまでプレッシャーをかける場面が目立っていた。アルゼンチンからすればロングキックを何度も繰り出せば、相手にボールを明け渡すことになってしまう。準々決勝のようにアルバレスにひたすら放り込んでも、スイス相手になら勝算はあるかもしれないが、スペイン相手に容易にボールを手放すことはどうしても避けたかったのだろう。

 そんな狙いもあってか、ニコ・ゴンザレスやアルバレス目がけてリサンドロ・マルティネスが質の高いロングボールを蹴り込むにしても、多少の時間をかけることになった。スペインのハイプレッシングに対して、右セントラルハーフのエンソ・フェルナンデスを下ろし、マカリステルと右サイドハーフのロドリゴ・デ・ポルの現れてはいなくなる立ち位置の変化で、ボール保持を安定させる時間帯を作ることもできていた。とはいえ、それに何が何でもついていくわけではないスペインも勢いに身を任せることはなく、彼らもまた冷静沈着だった。

 アルゼンチンも高い位置からのプレッシングを実行していた。特にアンカーのロドリを消しながら右CBのパウ・クバルシにプレッシングをかけるアルバレスは、この試合でも尋常ではない運動量を発揮。スペインのボール保持がクバルシに偏っているように見えた理由は、メッシが左CBエメリク・ラポルトのそばにいたからだろう。

 アルゼンチンにスイッチが入るのは、スペインの両CBのパス交換に対して、アルバレスもしくはマカリステルがクバルシまでプレッシャーをかけられた時。[4-4-2]から[4-3-1-2]へと変化してハイプレッシングを実行するというお馴染みの景色となっている。

 それに対して、立ち位置の変化で対応するスペインは巧みであった。ロドリがいなくなれば、左インサイドハーフのファビアン・ルイスが現れる補完性は、今大会を通じて秀逸だった。さらにファビアン・ルイスが下りれば、右インサイドハーフのダニ・オルモがその位置に現れるのだから、このトリオの関係性は多くのチームを苦しめる再現性のない再現性であった。

 ファビアン・ルイスが降下して空いたレーンを横断することで、ボールを引き出すダニ・オルモの姿もあれば、左SBマルク・ククレジャが上がることで、バエナが内側に移動してプレーするというように、席を空けてもすぐに埋め続けられるスペインは、他国よりも味方の位置を重視して、自分たちの立つべき場所を決めているのだろう。

 そんな膠着状態の雰囲気に風を吹かせたのはクバルシ。5分にフリーになりやすい立場を利用して、運ぶドリブルで自分に相手の意識を引きつけながら、ライン間でボールを受けることにおいて天才のダニ・オルモを経由して、ヤマルのシュート2発につながるチャンスメイクに成功する。1分後にアルゼンチンもカウンターからメッシが抜け出すことに成功するが、今や死語となったスイーパーのように振る舞うGKウナイ・シモンの飛び出しで止められてしまう。

CBが持ち場を捨てても崩れない。「阿吽の呼吸」の撤退守備

 その後も相手のプレッシングを丹念に剥がしていくスペイン。アルゼンチンも[4-4-1-1]で構えて撤退する場面が出てくるようになるが下がりすぎることなく、両CBが動き回るオヤルサバルやダニ・オルモに対するアタックを強めていった。最終ラインが同数を受け入れたり、持ち場を離れたりすることには勇気が必要なのだが、ロメロとリサンドロ・マルティネスのコンビがくぐり抜けてきた修羅場の数々を考慮すれば、当たり前の日常なのだろう。

……

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Profile

らいかーると

昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。

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