人を消すポルトガル、関係性を紡ぐスペイン。最高峰の中盤対決を分けたFootball解釈論
【特集】北中米W杯深掘り分析スペシャルレビュー#7
4年に1度のW杯は、後世に語り継がれる名勝負の宝庫だ。しかし高度化した現代サッカーの裏側には、徹底した分析と綿密なシミュレーションに基づく極限の戦術的駆け引きが存在する。footballista編集部が選んだ識者たちが、注目国同士による「本気の闘い」を深掘りレビュー。あの90分で何が起きていたのか。勝敗を分けた戦術の妙に迫る。
第7回は、最高峰の中盤対決として期待されたポルトガル対スペイン。“なめらかなサッカー”は誰が生み出し、誰が壊すのか。ペドリ封じ、マンツーマン守備、そして両国に根づくFootball哲学の違いから、この一戦を読み解く。
チームの“なめらかさ”は誰が生み出し、誰が壊すのか
ベスト16となり、どの試合も強度と緊迫感が格段に上がってきた様子があるが、スペインvsポルトガルはその中でも最注目と言える好カードだった。クリスティアーノ・ロナウドにとって最後のW杯であるというナラティブと並んで注目されたのは、やはり両国ともに世界有数の陣容と目されている中盤同士の争いだった。
ポルトガルはビティーニャ、ジョアン・ネベスのパリSGコンビに加えてブルーノ・フェルナンデスというアシストマシーンを加えた内容で、監督の好みや戦術的判断はあれどベルナルド・シルバがスタメンに選ばれないという圧倒的な個人のクオリティを誇る。対するスペインはこれまで同様、「ペップイズム」の歴史の体現である。ペップ・グアルディオラ本人に直接指導された経験はなくとも、バルセロナから選出されたペドリ、ダニ・オルモ、ガビらはクライフイズムを体現している面々であり、ロドリはバルサ出身ではないもののペップの教え子だ。ファビアン・ルイスやミケル・メリーノも控えており、層の厚さも圧巻だ。
期待された最高の中盤対決だったが、おそらく多くの人の試合後の感想は「思ったほどではなかったな」というものではないだろうか。局所的に見れば当然良いプレーは見られたが、期待されたようなゲームコントロールや崩しの応酬はあまり見られず、細かいミスと激しいバトル、ダイナミックなカウンターと停滞したセットオフェンスが印象としては強い。誤解を恐れずに言えば、両者ともに期待されたような「なめらかさ」が披露されることはなかった。
私たちが美しいと思うような「なめらかさ」は、誰によって生み出され、誰によって壊されるのか。一見抽象的に見えるこの問いだが、このゲームの本質が集約されていると言ってもいい。
ペドリ封じで揺らいだ、スペインのリズム
前提条件を押さえるために、まずはゲームの大まかな展開を確認しよう。
ポルトガルは、明確なゲームプランを携えてこの試合に臨んでいた。試合開始直後から、彼らはマンツーマン気味のハイプレスでスペインのビルドアップにストレスをかけ、自陣へと押し込めることを狙っていた。クバルシがフリーになることは場合によっては許容してでも、とにかくペドリだけはフリーにしないことが90分を通して徹底されていた。ロドリやオルモが時おりフリーになることはあっても、ペドリがフリーになれたのは完全にスペインが押し込んでセットオフェンスを行う時のブロックの外くらいのもので、あとはビティーニャが基本的にマークにつき、ブルーノ・フェルナンデスが状況によってはマークをスイッチするような形で彼を封じようとしていた。
この狙いはかなり成功していたと言える。ボール支配率こそ上回られたが、チームとしては前半の多くの時間でポルトガルはスペイン陣内で攻守にプレーをすることができていた。さらに、ペドリに関しては前後半問わずゲームに関与させなかった上に、彼が普段なら決して見せない致命的なロストを何度か引き出すことができていた。
スペインはペドリを消されたことでいつものようになめらかな攻撃を構築できず、ところどころでボールの動きが引っかかったりノッキングしたりと、ギシギシとした不協和音が漂っていた。一方で、ポルトガルが積極的な守備をする分、中盤にスペース自体はあったため、フリーの選手が作れた場面やトランジションの場面ではバーティカルな攻撃からチャンスを何度か作り出した。アレックス・バエナからオルモ、オヤルサバルと胸を合わせた2人組のペアリングの連続で決定機を生み出したシーンを仕留めていれば、もっと楽にゲームを進められたことだろう。
ポルトガルの攻撃についても、スペインがある程度積極的にボールを奪いに行くことが多かったため(方法については後述)、今大会引かれると停滞感があったこととは対照的に、前半は何度かチャンスをクリエイトすることに成功していた。中盤だけでなくSBやウイングも含めて、一人ひとりがボールを持てる強みを活かし、相互作用は出し手と受け手のシンプルな形を中心にして、ジョアン・フェリックスの折り返しにロナウドが合わせた形や、ヌーノ・メンデスのクロスバーに当たったシュートなど決定機も作り出していた。
どちらが先制する可能性もあった展開だが、結局どちらも仕留めきれずスコアレスで折り返し。ポルトガルはもともと90分これを続けようとは思っていなかったはずで、後半は予定調和でスペインがボールを保持する時間が長くなっていった。とはいえ、どちらも疲労の色は明らかであり、ゲームのインテンシティは低下。膠着状態のまま延長線突入かと思われたタイミングで、スペインが美しい崩しから決勝点を決めた。ポルトガルは明らかに前半に勝負のポイントを1つ持ってきていたので、前半のうちに1点を奪えていれば展開は大きく異なっていたかもしれない。
「人を消す」ポルトガル、「選択肢を消す」スペイン
守備には大きく分けるとマンツーマンとゾーンがあり、その違いは主に選択肢とスペースのどちらを優先して守るかどうかだった。
選択肢は、「スペースに立っている攻撃側の選手のうち、ボールが到達可能な場所にいる者」という定義であるため、言うまでもなくマンツーマンで「人」を消したポルトガルは選択肢を消すことを優先した。特にペドリに対するビティーニャの執着と、間違いなくこの試合で最も高いパフォーマンスを発揮し、ラミン・ヤマルを完封したヌーノ・メンデスはゲームプランの核としてよく機能していた。
リーガを見ているとよくわかるが、スペインは攻撃的でボールプレーを重視するイメージとは裏腹に、非常に緻密かつ興味深い守備の文化を持つ。彼らはポルトガルが今回行ったのと同じように「選択肢」を消すのだが、彼らが行っている守備は決してシンプルなマンツーマンというわけではない。これは、先ほどの選択肢の定義と、必要条件/十分条件を考えるとわかりやすい。
必要条件とは、「何かが成立するために絶対に満たされていなければいけない条件」のことを指す。つまり、「必要条件が満たされていなければその事象は絶対に成立しない」し、逆に言えば「必要条件が成立しているだけではその事象が成立しているとは限らない」とも言える。
十分条件とは、「何かが成立するためには『これで十分だ』という条件」のことを指す。つまり、「十分条件が満たされていれば絶対にその事象は成立する」し、逆に言えば「十分条件が満たされていなくても、場合によってはその事象は成立することがある」と言える。
あらためて、選択肢とは「スペースに立っている=守備側が到達できない領域にいる選手」、「そのスペースにボールが到達可能」という2つの条件で成り立つ。
「人を押さえて選択肢を消す」とは、選択肢を消すための十分条件である。人を押さえていれば(完璧に押さえられるなら)選択肢は絶対に生まれないからだ。逆に言えば、ボールが到達しないスペースでも人を消しているとすると、それは過剰防衛かもしれないということになる。
逆にスペインは、必要条件的に選択肢を消す。彼らは「フリーの選手に配置を合わせて、全ての選択肢をピッチ上から消滅させよう」とは思っていない。彼らは背中でコースを制限したり、複数のパスコースに対して(全ては消せなくても)出しにくいようなポジショニングを取ったりすることによって、フリーの選手はいても「そこまでボールが届きにくくする」ことで選択肢を最小化しようとする。逆に言えば、ボールがそこに届いてしまえば選択肢を消すという目的においては「十分ではなかった」ということになる。実際、選択肢を消しきれていなかったり、ボールホルダーの能力が高かったり勇気を持って選択をした場合には、コース自体は結構残されているので危険なスペースにボールが通ってしまうことも試合中にはしばしば見られる。
それでもこの守備を選択するのには、とにかく楽をして、無理をせず、効率よく守備を行おうとする目的、あるいはそういった文化があるのだろう。こう書くと横着で怠惰だとして日本文化には馴染まなく感じるかもしれないが、実際に守れる期待値と守備の労力のバランスを考えた時に、最大効率でなるべく高い守備期待値を発揮するというのは、人間の身体と認知の体力が無限ではないことを考えると重要である。
全ての戦術判断は寸足らずの毛布なので、どちらが絶対的に優れているということはない。ポルトガルは律儀に人につきすぎたせいで後半までは強度が持たず自陣へと押し込まれることになった(おそらくゲームプランとしては織り込み済みだろうが、これによって後半の選択肢は少なくなったのは確か)。一方でスペインも、多くの時間帯では主導権を持って効率よくボールを奪えていたものの、何回か作られた決定機は「効率良い守備」の補償として残ってしまうわずかなコース・選択肢にボールが到達してしまった場合にことごとく作られていたものである。
先にも述べた通り、ポルトガルが前半にこの隙をついて先制点をもぎ取ることができていれば、ゲームの様相だけでなく双方の守備に対する評価や印象も異なるものになったことだろう。
“なめらかなシステム”は監督ではなくFootball解釈が作る
より本質的な構造の部分へと目を向けていこう。
……
Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd
